キス魔のバレン
「はぁ……もう、本当にどこにいるのかしら。」
リオネル様とワインを飲み交わした翌日の夕刻、私は手先の器用なリオネル様に先日、リオネル様の領地でフェリアがしてくれたような髪型をして貰い、今日の勉学を終えた。
リオネル様の恐ろしく器用な手先のおかげで今日は醜い顔は何とか隠しとおせたけれど、髪が誤って何かのはずみでほどけたらと不安でたまらないため、急ぎ飾りを取り返したい私はリオを探していた。
(本当はもう、会いたくないのに……。)
リオに会えば胸が苦しくなる。
最近はリオと居て楽しいと思えることもない。
共にいる事がひどく苦痛で仕方ないのに、会わなければいけない理由がある事が本当に心のそこから嫌で嫌で仕方ない。
(とりあえず、人があまり行かない場所に行ってみましょう。学園の建物の裏側にある森にでも案外いたりしないかしら。)
どうやらリオネル様曰く、今日は一度も魔法学の授業には現れていないと昼休みに伺った。
リオネル様も今別行動でリオを探してくださっているのだけれど、残念ながら今のところ足取りがつかめていないのが現状だ。
でも、学校にはどうやらきてはいるらしいという情報を得た。
だとしたらどこかで昼寝をしているのだと思う。
その場合、リオなら人があまり寄り付かない場所にいるとなんとなく予測できる。
私は会いたくないという気持ちから重くなってしまっている脚を何とか動かしながら学園の建物裏にある森へと向かうのだった。
「お久しぶりですわ、フェミリオル様っ!!」
人の立ち入りがほとんどない学園裏の森の中、リオは突然現れた女性に抱き着かれていた。
その女性はもはや凶器といえるレベルの大きな胸を持っていて、しかも背丈の関係か、激しい抱擁の結果、その胸にリオの顔が押し当てられている状態になっている。
一般的な男性であれば少しぐらいは頬を赤らめ、鼻の下を伸ばしそうなところだが、リオの表情は逆に嫌悪にまみれていた。
「あぁっ!いいっ……そのひどく嫌そうな顔っ!!」
何故か嫌悪の視線を向けられて嬉しそうに悶えだす女性。
そして、女性は何か耐えきれなくなったのか、リオの唇を勝手に奪った。
とはいえ、そのキスはあくまでフレンチキス。
軽く当てる程度のキスだった為、女性はすぐに唇をリオから離した。
そして、再びリオの表情を見るとリオの表情がさらに不機嫌そうになっている事に女性は再び悶えだした。
「ちょっと、気持ち悪いのはその馬鹿でかくて品のない胸だけにしてくれる?あいっ変わらず性格も気持ち悪い奴。……本当、あんたみたいなのが元天人族とか悪い冗談もいいところだよね。」
「本当、私も過去の事を思い出すと常々思ってますよ。生まれながらにして人の絶望する顔が好きだし?異性との体の交友だって大好きですし?純潔だのなんだの言ってる天人族って……マジクソつまんねぇ。」
まるでゴミの様に汚いものを思い出すかのように今までの騒ぎようからは打って変わり、低く嫌悪感の溢れた声をこぼす女性。
そう、この女性こそ昨晩カラスが言っていたバレンという元天人族のキス魔なのであった。
「で、陛下から聞きましたけど、激しく魂が損傷する前に持っていた記憶を思い出したいって話でしたよね。」
そろそろ本題に入りましょう、といわんばかりに手を叩き、にっこりと笑顔を浮かべたバレン。
そんな自由なバレンに呆れた溜息を吐き捨てずにはいられないリオ。
リオはため息をつくと静かに「そうだよ。」とバレンに返答した。
「で、あんたにはそれが可能なわけ?不可能なわけ?」
「ん~、多分可能だと思いますよ?天人族だった時と魔力の質は変わっちゃってますけど、当時の能力に近いものは変わっちゃっても使えはしますから。……でも……タダでは嫌ですよ?」
勿論、何か報酬はあるんでしょう?と言いたげなバレンは薄気味悪い笑みを浮かべながら舌なめずりをしてリオを見つめる。
けれど、リオは表情を崩しはしない。
なんとなくバレンが求めている事も、求められることもリオには想像できていたのだ。
「舌は?」
「是非入れてくださいっ♪」
呆れた口調で問いかけるリオに対し、バレンはとても嬉しそうに返答した。
そして、自身よりもずいぶんと背の低いリオを気にしてか、バレンは静かにかがみこんだ。
その次の瞬間、リオとバレンの唇が重なった。
それはもう、深く、深く。
その場面を見ている人物がいる事など知りもせずに二人はしばらくキスをし続けたのだった。




