真夜中の来訪者再び
「……ふぅん、フィーはまたあいつの部屋にいるんだ。」
月明かりに照らされながら夜の闇を飛んできたカラスに薄暗い部屋で一人、読書をしていたリオが語り掛けた。
そしてリオはカラスからフィアナの事について今しがた報告を受けた所だったのだ。
「……ハッピーエンドってやつ?これ。最低な婚約者が最高の理解者にって、何これ。できすぎた話過ぎない?」」
リオは夕刻、フィアナから奪ったフィアナの飾りを手に取り眺める。
すぐに取り返しに来ると踏んでいたリオだが、全然来ない事でカラスに様子を見るよう命令を下していたのだ。
「……あぁもう!何このわけわかんない感情!!なんか心臓辺りが苦しいし、何か無性にイライラするし、吐き気もするんだけどっ!!!」
夜もいい時間だというのにリオは大きな声をあげてフィアナの飾りを投げ捨てた。
いきなり大きな声を全力で出したからか息を切らすリオ。
そして、静かに投げた飾りを拾い上げた。
「……せっかくあんたを困らせることしたのに何で来ないんだよ……。俺には、あんたしかいないのに……。」
フィアナの飾りを持ち上げ、ぎゅっと握りしめると、飾りを額に当てながらリオは今にも消えそうな声で言葉を紡いだ。
でも、その次の瞬間だった。
「……は?いや、いやいや、おかしくない?なんで俺があんな理解不能な行動しかしない女しかいないなんて言ってるわけ?っていうか、思ってるわけ?大体、俺、あの女の事なんて全然――――」
【……なるほど、お前が愛していたのは見てくれや性格ではなかったのか。】
困惑し、一人で心を乱していたリオ。
そんなリオにカラスが語り掛けた。
リオはカラスの方を向き、驚いた表情を向ける。
けれど程なくして大きなため息をつくと、腰に手を当て、片足重心で立ちながらカラスに快く思っていない視線を向け、向かい合った。
「ねぇ、いきなり現れないでくれない?父さん。」
【はっはっは。お前の部屋にカラスがいるのを見てな。
体を借りずにはいられなかったのだ。……少しばかし、見て居れんでな。】
心配そうな声で言葉をこぼすカラス。
そのカラスの言葉にリオは再びため息をついた。
「……で、今こぼしてた言葉はどういう意味なわけ?見てくれや性格はともかく、愛していたってどういうわけ?俺、自分が愛だのなんだの言ってる姿って想像できないんだけど。」
愛なんて自分には理解できないものだ。
そう言いたげなリオは静かに寝台へと移動し、
寝台に腰を下ろした。
そんなリオのすぐ近くにカラスは飛んで移動し、
カラスも静かに羽を休めた。
【……お前は人間たちや天界人たちがよく口にする愛というものを知っている。いや、知っていた。それを知ったが故にお前は深く傷つき、生まれ治すこととなったのだ。】
遠い悲しい出来事を思い出すようにカラスは遠い目をしながら話す。
カラスも父親という事だろう。
息子の傷ついた過去に対し、何も思わないわけがない。
それも、下手をすれば息子を失ったかもしれない大事件の事を。
「あ~なんだっけ?随分と昔に俺が天界でやらかしたって事件だっけ?っていうか俺、フィーの前世の存在と交わした契約云々のもそうだけど、その事件についても詳しく聞いてないんだけど。」
秘密ばかりじゃん。とふてくされるリオ。
けれどそんなリオに対しカラスは口を開くそぶりは見せない。
どれだけふてくされていようともカラスからは何も話せないということなのかもしれない。
「なんでもいいけどさ、俺が愛を知ってるなんててんで信じられない話だよね。……でも、そんな愛を知ってたっていう過去の俺のせいで俺はあんな言葉口走ったんだ……。信じられない話なのに、なんか納得って感じ。……ねぇ、どうにか知れないわけ?俺がフィーの前世と接してた時の記憶。」
【気持ちはわかるが、お前はそのある事件により魂が跡形もなく消されかけた事により記憶を保持したままの再生が不可能だった。お前の魂のどこにも前世の記憶は欠片ほども残ってはいない。思い出すなどというのは不可能だろう。】
諦めてくれ。
そう言いたげなカラス。
しかしリオはそんなカラスに対し「は?」と馬鹿じゃないのかと言いたげな声を出した。
息子からの冷たい言葉にカラスは慌てて「いや、だって」と言葉にする。
しかし、そのカラスの言葉を遮るようにリオは言葉を紡ぎだした。
「記憶は欠片は残ってる。この魂のどこかに。
じゃないという訳ないじゃん。俺にはあいつしかいない、なんてさ。」
堂々と胸を張りながら心臓の部分に手を当てながらカラスの言葉を否定するリオ。
リオは感じていたのだ。
明らかに先程のセリフは今の自分から出てくるセリフではない事を。
きっと、生まれ直す前の自分からくるセリフなのだと感じていたのだ。
そんな自信ありげに記憶は欠片でも残っているというリオを見てカラスは黙り込んだ。
そして、それがどれほど続いただろうか。
しばらくしてカラスは口を開いた。
【……明日の夕刻、バレンを送ろう。元天人族のあ奴であれば少しぐらいならお前の記憶を取り戻せるやもしれん。】
「げ、あのキス魔の年増ババアを?……でもまぁ、あのおばさんしかできないんなら仕方ないよね。」
本当は嫌だけどというのが非常によくわかる表情を浮かべるリオ。
そんなリオをみてカラスは小さく笑った。
そしてその後、リオとたわいもない話をしばらくした後、カラスに体を借りていた中の存在は静かにその場から立ち去ったのだった。
それから程なくしてリオも静かに眠りにつくのだった。