リオネルとフィアナの素顔
「……おい、フィアナ。なんだその無様な格好は。」
夜、リオネル様の部屋を訪ねた私。
そんな私の見た目にリオネル様は呆れた溜息をこぼされた。
魔塔の書庫でおそらくリオのせいで眠ってしまった私は起きた時に大切なものを失っていた。
私の醜い顔を隠すための飾りだ。
飾りがない事を知った私は慣れない手つきでいつぞや、フェリアがしてくれたみたいに長い髪でどうにか顔を隠そうとしたのだけど、うまく隠せず、まるで野盗にでも襲われ、命からガラ逃げ延びたみたいなくらい髪をひどく乱していた。
美意識の高いリオネル様にとっては今の私の格好は何とも言い難いのか、ひどく引いていらっしゃる……。
「はぁ……お前は女のくせに不器用なのか?こい。髪を整えてやる。」
「い、いえ、結構です!その、私の顔が見えては大変ですし……。」
リオネル様は引き出しからわざわざブラシを取り出してくれるものの、素直にその行為を受け取る事ができない私。
本当に見られたくないのだ。
「とはいえ、今日は包帯はないぞ?以前お前が使ったやつのみだ。あれから買いなおしてはいないからな。……まさかお前、ないならその無様な姿でいるとでもいうんじゃないだろうな?」
(さ、流石に駄目かしら……。)
どことなく不快そうなリオネル様。
多分だけど、こんなひどい髪型の私を傍に置きたくないのだろう。
「……はぁ……。大体お前はいつまで婚約者に対し、素顔を隠して置くつもりだ?」
「……え?」
呆れた様に溜息をついて、不機嫌そうに話すリオネル様。
でも、何をそんなに不機嫌になる事があるだろうか。
まさかと思うが……
「あの、リオネル様?私の醜い顔が見たいとでも……?」
「あぁ、見たい。」
まさか違うだろうと思いながら訪ねた事に対し、リオネル様は即座に返答した。
いや、何故?
そう私は疑問にならざるを得ない。
好奇心なのだろうか?
わざわざ醜い顔を好き好んでみたいなんて、普通じゃない。
そう思うと私の手は自然と顔の左側を隠すように覆っていた。
「……そんなに嫌か?それとも何か?お前は私が醜い顔を見ただけで態度を変えるとでも思っているのか?」
「…………。」
私の行動が気に障ったのか、明らかに不機嫌そうになっていくリオネル様。
以前ほどの恐怖は感じずとも、身体が以前の事を覚えているからか少し委縮してしまう。
何と答えるのが最適なのだろう。
そう少し怯えながら私は言葉を探していた。
「……すまない。どうやら、こう責めて立てる事が癖づいているようだ。別に怒っていない。ただ、その、何だ、信用されていない気がしたのだ。」
「え……?」
寂しげな瞳を浮かべ、話し辛そうに言葉を紡ぐリオネル様。
そんなリオネル様の手が前髪越しに私の左側の顔にそっと触れた。
「……隠さないでくれ。私はもう心を決めた。今までお前にひどい仕打ちをし続けてきた俺に寄せる信用などある訳もないのだが……それでも、私はお前としっかりと向き合っていきたいのだ。だから見せてくれないか?ありのままの顔を。」
優しく私の頬を撫でるリオネル様。
決して無理やり暴こうとはしてこない。
……どこかの誰かさんとは大違いだ。
でも……。
「……本当に、醜いんです。」
「仮に思っても口にしないと誓おう。もう、お前を傷つける言葉を言いはしない。」
「…………。」
(人って、こんなにもすぐ変われるものなのかしら……。)
どうしてリオネル様がここまで心変わりをしたのかはわからない。
というか、変わりすぎて心変わりなんてしていないのではと疑いたくもなる。
(……でも、別荘で過ごしてから以降リオネル様に向けられている表情はきっと、嘘じゃない。)
私は信じてもいいのだろうか。
私の婚約者を。
「……解りました。どうぞ……。」
私はリオネル様から視線を外しながら決断をした。
私の醜い顔を見たリオネル様の表情を見るのはとてもつらくて、私はリオネル様に視線が向けられない。
でも、視線を外していてもわかる。
左側の視界がゆっくりと明るくなった。
私の醜い顔を、リオネル様が見てしまったという事だ。
「…………母親が、お前の肌を焼いたのだったな。」
「……はい。」
小さな声で私に訪ねてくるリオネル様。
そんなリオネル様の質問に私は静かに答えた。
すると、リオネル様は私長い前髪を耳にかけてきた。
見続けられるほど見ていて気持ちのいい者でもないのに。
「……では、私はお前の母に感謝しなくてはな。」
「え……。」
優しげな声を出しながら私の頬を撫でるリオネル様。
そんなリオネル様の声に私は驚いて視線をリオネル様に向けてしまう。
でも、リオネル様の表情は私が恐れていた表情なんかではなく、とても柔らかい表情だった。
「この火傷のおかげでお前は他の男のモノにならなかったという訳だ。まぁ、若干一名、例外もいたが……。火傷がない方の顔を見ていて思うがお前は綺麗な顔をしている。火傷がなければ誰もが求婚しただろうに。」
「そ、そんな事、あるはずないです……。」
言われたことのない賛辞。
綺麗な顔だなんて初めていわれた私は照れくさくてまたリオネル様から視線を外した。
というか、私より綺麗なリオネル様が一体何をおっしゃるのやら……。
「……しかし、醜いというか、痛々しいな……。熱かっただろうに。」
同情するような声で言葉を紡ぎながら私のやけどの跡をそっとなでるリオネル様。
しっかりと私の火傷と向き合ってくれる人はリオ以外では初めてだ。
(熱かっただろうなんて、初めていわれた……。)
まだ痛みがあると思っているのか、そっと優しく火傷の後に触れるリオネル様。
もう痛いはずもないのに……。
「フィアナ。嫌でなければ今日はこのまま前髪を耳にかけていてくれないか?」
「え……。」
「何故だろうな。左右で色が違う瞳。この瞳を見ているとひどく懐かしいというか……もっと見ていたいのだ。しっかりと。」
突然すぎる願いに私は困惑する。
正直に言えば嫌だ。
でも……
「……わかりました。」
いずれは共になる相手だ。
リオネル様さえいいのであればこうして晒すことにも慣れていきたい。
正直、いつもかくしている左の顔は目の色が違う左目すら飾りで覆ってしまっている。
両目で見える世界。
それも、どちらもとても明るい。
不思議な感覚だけれど、とても見やすさを感じる。
それはすごく新鮮で、戸惑いもあるけれどなんだかうれしい。
「ところでフィアナ。お前の父上からまた葡萄酒が送られてきたんだ。共に飲まないか?」
「はい。ご一緒させていただきます。」
私をテーブルまでエスコートしてくれたリオネル様は私が椅子に腰を掛けるとグラスと葡萄酒を持ってきてくれる。
「……確かにお前の瞳の色と似ているな。」
葡萄酒をグラスに注ぎ、光に透かしながら私の目と葡萄酒を見比べながらリオネル様は小さく笑った。
なんだか照れくさくなった私は先ほどとはまた違った心持でリオネル様からまたも視線を外すのだった。