魔界からの来訪者
真っ暗な闇の中月明かりが差し込む男子寮の一室。
その部屋の端では寝台の上で眠るリオの姿があった。
【……リオ。起きなさい、リオ。】
寝台で眠るリオの側に真黒な色の生き物、カラスの姿があった。
カラスはリオに優しく話しかける者のリオは起きる気配はない。
「ん……ディオス……。」
それどころか、寝言を言って寝返りを打っていた。
【…………。】
そんなリオの姿を見てカラスは何とも言えないような息を漏らす。
そして―――――
【……仕方がない。目覚めよ!!魔界の王たる我に忠義をささげし有能なる配下、フェミリオル!!】
「っ!!」
禍々しいオーラを放ちながら力強い声でリオに語り掛けるカラス。
そんなカラスの声を聴いたリオは瞬きをすらする暇も与えぬほど早く飛び起き、カラスに膝まづき、頭を垂れていた。
だが――――
「ちっ……。せっかく気持ちよくいい夢見てたのにさ。」
頭を垂れていても全然相手を敬っている様子はなかった。
【夢?ほぉ、どんな夢だ?】
「どんなって……あれ、どんな夢だっけ?」
つい今の今まで覚えていた気がする。
そんな感じはするが、夢について何も思い出せないリオ。
必死に思い出そうとするも、どうも思い出せないらしい。
【はぁ……まぁよい。楽にしてよいぞ我が息子、リオよ。……して、例の【覇王の指輪】を与えた娘は見つかったのか?】
「……まぁ、見つかったは見つかったけど?」
纏っていたオーラを収めたカラスを見るとリオはため息をつきながら寝台に腰を下ろした。
そんなリオにカラスは近づき、リオの太ももに飛び乗った。
【見つかったという事は、私と交わした約束は果たせそうなのだな!?】
リオの太ももに飛び乗ったカラスは嬉しそうな声でリオに声をかけた。
そんなカラスをリオは訝し気に見つめた。
「……嬉しそうだね、父さん。」
【そそ、そんな事はないぞっ!?わ、私はただ、お前に約束を守ってもらいたいだけであってだな!?】
「その約束も約束なんだよね。赤い満月が夜の空に高く昇る時、人間でも通れる魔界への扉が開かれるから、その時に【覇王の指輪】を渡した娘を連れ帰り花嫁として迎え入れられたら王座を譲る……って、本当なんなわけ?」
呆れながら話すリオ。
そんなリオにカラスは溜息を吐いた。
「っていうか、連れ帰れないかも。」
【なっ……!!ま、まさか天人族に邪魔されているのか!?】
「……天人族?何でそこで天人族が出てくるわけ?」
思いもしないカラスの発言に訝しげな表情を浮かべるリオ。
不要なことを言ったと思ったのか、カラスは焦った様子で固まった。
「……あぁ、そういえば天人族って人間の魔界落ちを防ぐのも仕事のうちなんだっけ?違う違う。別にそれが理由とかじゃないから。……単純にフィーには……――――」
言葉を紡ごうとして途中でやめるリオ。
そんなリオの脳裏には食堂で仲睦まじく食事をするフィアナとリオネルの姿が浮かび上がった。
「……本当、面白くない。」
ぼそりと言葉を吐き捨てるリオ。
そのリオの言葉は静かな闇夜では聞き逃す方が困難だった。
勿論、カラスにも聞こえていたのだ。
【……まさか、娘に既に恋人でもいるのか?】
「……さぁね。っていうか、俺に王位を譲る条件、変えれないわけ?」
【私とて変えたいが仕方がないだろう。お前が【覇王の指輪】を持つ娘が前世の生を全うしていた際に不用意に契約など交わしたが故だ。そのせいでお前たちの魂が契約、人間が好む言葉で言えば運命で結ばれている……はずなんだが……お前以外に意中の男がいるとは……。】
一体どういうことなのだと言いたげにうなりだすカラス。
そんなカラスを見てため息を吐くと、リオは視線を天井に移動させた。
「運命ねぇ……そもそも運命だなんだってのもよくわかんないんだけど。」
【まぁ、お前はその時の記憶が色々あってないからな……。かと言えその契約内容をお前に私が教えるのもどうかと思うので伝えはせんがな。まぁ、何はともあれだ。お前は魔界の王たる私に次ぐ力を持つ者。しかし交わした契約一つ守れぬ悪魔に魔族の王など継がせられる訳がない。だから契約をだな――――】
「あぁ~はいはい。わかってるって。条件変更なんて言ってみただけだよ。……はぁ~面倒くさ。なんで俺が脆弱な人間なんかを嫁に迎えなきゃなんないんだか。どんな契約を何を思ってしたか知らないけど、昔の俺を恨むよ、本当。」
ため息をつくリオを見ながらカラスは「それは私の言葉だ……。」と小さくこぼした。
リオもその言葉は聞こえていたが返答はあえてか返さない。
そして、しばらく沈黙が続いたのちにリオが口を開いた。
「本当、あんな力をちょっと入れたくらいで壊れそうなひ弱な人間なんかを何で……。」
ぼそっとこぼす言葉。
その言葉をカラスは聞き逃さない。
そして、その言葉を聞いた瞬間、カラスは驚愕した表情を見せた。
【ままま、まさかお前!そ、そもそも頑丈そうなおおお、男が良いなどと思ってはいまいな!?】
「……ねぇ、なんかムカつくからその首へし折っていい?」
【だ、駄目に決まっているだろう!!このカラスの体は借り物なのだぞ!?】
不気味な笑みを浮かべるリオのまとう苛立たし気なオーラに気圧され、カラスは焦りを見せる。
そんなカラスの言葉にリオは小さく舌打ちをした。
「はぁ……本当、何であの人間なわけ?可愛げはないし、なんか腹たつし、本当どこもいいところないんだけど。……あぁ~なんか思い出すとイライラしてきた。」
【…………まさかと思うがお前、嫌いなのか?その人間が。】
恐る恐る言葉を口にするカラス。
そのカラスをリオは横目で見る。
はらはらとしながら次の言葉を待っているようなカラス。
そんなカラスを見てリオはため息をついた。
【こ、困るぞ!お前には王位を継いでもらわねばならんのだ!!お前も人に使われるのが嫌だから王位が欲しいといっていただろう!?何が何でもその娘に愛され、魔界へ連れ帰れ!!】
「愛され、って……――――はぁ……愛だのなんだのってくっだらない。そういうの本当理解できないんだけど。あー絶対一生理解できない!!」
【………………そんな事もないだろうがな。】
「……は?」
大きな声で愚痴をこぼすリオにカラスはぼそりと聞こえないように言葉をこぼす。
愚痴を言っていたからかリオはカラスの言葉を聞き逃した。
そんなリオを見てカラスは首を横に振った。
【いや、なんでもない。】
「はぁ……絶対無理に決まってるって。大体フィーったらさ!?――――――――」
愚痴は言い始めたら止まらないものだ。
リオはフィアナの愚痴を次々に言い始めた。
その愚痴を何故か切なげにカラスは短い時間ではあったけれど、静かに聞いていた。
そして――――――
【さて、私はそろそろ魔界へと戻ろう。ではな、息子よ。】
カラスはリオの足から飛び降りると羽を広げて窓際へと飛んでいく。
そして、窓際へと一度降り立つと首をひねってリオを見た。
【……信じているぞ。【覇王の指輪】を持つ娘との契約を果たせることを。】
カラスは言いたいことを言い終えると夜の闇へと羽ばたき、飛んでいく。
リオは窓際に歩み寄ると窓枠に体重を預けながら夜の闇に消えていくカラスを見つめた。
そしてカラスの姿が見えなくなったその時だった。
「……前世のフィーとの契約ねぇ……本当、どんな契約をしたんだか。」
リオは静かに言葉をこぼすと窓を閉めた。
そして再び寝台へと体を倒すと再び眠りについたのだった。




