リオネルの奇行
食堂の利用時間がもう終わりに近いからかこの時間は割と人も少ない。
私はすぐに自身の食事をもらうと人のいない隅っこの椅子に腰を掛けた。
そんな私の姿をまだ入ってきたばかりの新入生たちが興味本位で見てくる。
じろじろと見られる不快な視線。
この席だって私が座るという事で誰も周りに近づかない。
皆から避けられる存在。
それが私なのだと改めて実感してしまう。
そう、自分が醜い化物なのだと。
(もともと食事はいつも一人だから寂しいとかはないけれど、じろじろ見られながらは食べづらいわね……。)
実を言うと、昨日もじろじろ見られていた。
でも、昨日はなぜかそんなに気にならなかった。
だけど、今日はひどく気になり、食事が全く進まない。
(……食欲、ないかも。どうしましょう。全然食べていないけれど残して部屋に帰ろうかしら。)
恐らくこんな状態じゃこのままずっと料理とにらめっこだけして手は付けないだろう。
でも、残すのはもったいない。
せっかく作って頂いた料理だ。
出来れば残さず食べたいけれど――――
「どうかしたのか?フィアナ。」
(……え?)
すぐ近くから聞こえる聞き覚えのある声。
声のした方へと振り向くとそこには食事を手に持つリオネル様の姿があった。
「リ、リオネル様!?ど、どうしてこんな時間に……?」
リオネル様はいつも早い時間にご学友と食事をとられている。
食事中に私の顔など見たくないというリオネル様を思い、いつも被る事もなく、人も少ないこの食堂利用時間終了前に利用していたというのに……
(というかリオネル様、私がこの時間に食べに来ている事を知っていたはずじゃ……)
前に被らないようお伝えしたことがある。
だって、私が隅で一人で食事をしていたら一応愛し合い婚約したと周りに伝わっている以上、リオネル様が私と食事をとらないのは不審がられてしまうからだ。
一人可哀想に食事をとる婚約者を見て見ぬ振りできる人物。
そんな噂が出ないためにもと思いとっていた行動だったのに……
「隣、良いだろうか。」
「も、もちろんです。」
リオネル様に訪ねられた私は少し驚きながらもすぐさま返事をした。
するとリオネル様は優しい笑顔を作られた。
「よかった。断られたらどうしようかと思ったよ。」
「そ、そんな!断るだなんて……。」
周りの視線が多いからか優しい婚約者様のリオネル様だ。
だけど、リオネル様は私の隣に腰を下ろすと声を潜め、口調を変えた。
「週末の件でいろいろと動いていたら時間を忘れていてな。夜食を抜くか迷ったがまぁ、健康に悪いと思いこんな時間ではあるが来ることにしたのだ。お前がいたのは思った通りだったが……――――」
リオネル様はちらりと後ろを覗き見る。
食堂は長いテーブルが合計4列に並んでおり、ほとんどの人が壁に向かい座る私の背後にある3列のテーブルで食事をとっている。
食事をとっている人は少なく、3列のテーブルに割とまばらに座る生徒たち。
そこにはもちろん、女子生徒と食事をとっているリオの姿もあった。
「てっきりあの生意気な一年と食べていると思ったんだがな。ふん、おかげで私がお前と二人で食事をとらなければならなくなったではないか。」
「……申し訳ありません。」
「……ふん。」
リオネル様は私から数えて二列後ろのテーブルに私とリオネル様の背中が見える向きで座るリオを横目で見る。
そんなリオネル様を盗み見るとひどく不快そうな顔をされていた。
……そんなに不快だろうか。私とリオが一緒に食事をとっていない事が。
「あいつの隣にいる女は誰だ。」
「いえ、あの、リオネル様?ですから私は別に彼の特別親しい存在ではないので、そういう事を把握しているわけでは……。」
「あぁ、そうだったな。友人などいないお前にとっては親しい存在でも奴は同じとは限らんかったな。」
少しとげとげしい物言いをしてくるリオネル様。
何もそんな意地悪な言い方をしなくてもいいと思う。
いや、でも、リオネル様らしいといえばリオネル様らしい。
……なんでだろう。
今はこのリオネル様らしい言い方が少し救われる気すらしてくる。
気づけば私は止まっていた手を動かし、スープを一口、口に含んでいた。
「ふっ……見目はまぁまぁの女ではないか。意外とあいつの女だったりしてな。」
「……さぁ、どうなのでしょうか。入学する前から知り合いなのか、そうでないかも私にはわかりかねますので。」
(そうだ……結局のところ私は再会してからずっとリオの事を何も知らないまま……。)
数日前から今に至るまで何一つリオについてを知れていないことに改めて気づいた瞬間、ひどく胸が痛む。
でも、私は落ち込んだ顔にはならず、笑顔を繕った。
「……つまらんな。嫉妬の一つもできんのか、お前は。」
私の笑顔を見て退屈そうに息をこぼすリオネル様。
嫉妬……。
そんなものをする権利はきっと私にはない。
だってこれは仕方がないことだ。
リオの今の反応こそ一般的な反応だ。
仕方ない。
仕方ないのだ。
「……だからお前は人形だというのが解らんのか?」
「え……。」
「お前は何故何も欲そうとはしない。何故焦がれる前にあきらめる。……何も求めず、あらゆるものに流されるがままに生きる人形そのものだ。少しは人間味もあるなどと感じていたがやはりお前は人形だな。」
「…………。」
リオネル様が言葉を吐き捨て、その言葉に私は黙り込む。
欲することも、焦がれる事も出来ない気持ちはリオネル様にはわからない。
何もかもが片づけられてしまうのだ。
こんな見た目だから仕方がないという一言で。
私だって昔はいろいろ願った。
普通の幸せが欲しくて、いろいろなことを。
だけど何一つとして叶う事はなかった。
普通の少女としての人生を願っても得られないと知った私になんて残酷な言葉を告げるのだろう。
きっと、欲しいものはなんだって手に入ってきたであろうリオネル様には私の気持ちなんてわからない。
……綺麗な顔で、たくさんの人から愛される地位にいて、不自由のないリオネル様にはわからない。
愛されない事が当たり前どころか、忌み嫌われる事ばかりを覚えた私の気持ちなんて。
「……お前は好きな食べ物はあるか?」
「……え?」
突然ふられる話題。
その話題に私は驚き声をあげてしまう。
思いがけない質問に少しばかり混乱してしまう。
「もう忘れたのか?お前についていろいろ知ってやると昼間に言っただろう。」
「あ、あぁ……そうでしたね。」
リオといろいろあってすっかりと忘れていた。
そもそも週末リオネル様と過ごすのはエリリアナ様に感想を聞かれた時の対策もあるけれど、面倒事を避けるために私への理解を深めるためでもあるという事が完全に頭から抜け落ちていた。
「そうですね……カコの実は好きです。」
食事のプレートを見て取り合えずその中でも好きなものをあげてみる。
カコの実。
朱くて丸い野菜で、調理によってはまるでフルーツのように甘くなるという不思議な実だ。
外は固い皮で覆われているのに、噛んだ瞬間汁と小さな種のようなものが口の中にあふれる触感が面白くて好きだったりする。
「……なるほどな。―――――おい、フィアナ。」
「はい、何で――――――え?」
名前を呼ばれてリオネル様への方へと視線を向けると驚く姿が目に映った。
リオネル様が私にカコの実を差し出している姿だった。
「口を開けるといい、愛しいフィアナ。カコの実は確か君の好物だっただろう?私のカコの実はフィアナに譲ろう。」
(えっ……えぇっ!?)
周りに聞こえるように少し大きな声で話すリオネル様。
周りの人たちも耳を澄ませていたのか、リオネル様の発言を聞いてこちらに注目してくる。
「は、恥ずかしいです、リオネル様っ……。」
「ふっ……照れたフィアナは愛らしい。だが、フィアナ。どうか私の頼みを聞いてほしい。君の好きなものを私はただプレゼント、と言っては大仰だが、君に差し出したいのだ。」
「っ……。」
人目があるからかとても優しいリオネル様の瞳。
でも、目の奥を見る限り私の反応を見て楽しんでいる気がする。
どうすればよいのだろうか。
「フィアナ、あーん。」
「っ~~~~。」
どんどん近づいてくるリオネル様の持つフォークに刺さるカコの実。
私は逃げる事が出来ず、小さく口を開ける。
「……小鳥のように小さな口だな。それではカコの実が入らないぞ?」
「っ……。」
笑いながら言われる言葉にさらに恥ずかしさを覚える。
私は頑張って大きな口を開ける。
その瞬間、私の口にカコの実が運ばれた。
「……ふっ、餌付けされる珍獣のようだな。」
「っ~~~。」
私を見ながら意地悪な顔で愉快そうに笑うリオネル様。
馬鹿にしている事がひどく伝わってくる。
酷い羞恥プレイだ。
「……ちなみに俺はラディカールが好きだ。」
「え……。」
リオネル様は私のスープを周りに見えないように指さす。
今日のスープはラディカールという貝が入った濃厚なスープで、私のスープにはひときわ大きく切られたラディカールが入っている。
「お前も俺に食べさせろ。」
「なっ……!」
「早くしろ。」
「っ…………。」
人前で仲良くふるまう。
それは私の仕事の一つだ。
だからこれは仕事。
仕事だ。
「リ、リオネル様……。」
私は言われた通りリオネル様にラディカールを差し出す。
その瞬間、後ろの方で女子生徒の悲痛な叫び声とかが聞こえてくるけれど、私だってしたくてしているわけじゃない。
仕事なのだ。
そう、言えばあれだ。
メイドが主人の世話をするような、そんな感じの……。
(……で、でも、やっぱり恥ずかしいっ……!!)
こんな行為、そもそもしたことがないのもあり恥ずかしい。
まるでこれでは本当の恋人のようだ。
いや、そう見せなければいけないからこれは間違った行為ではないのだけれど……。
「……おい、少しくらい俺の方へラディカールを近づけろ。……全く。」
「……え?」
リオネル様があきれたような、そんなため息をついた瞬間だった。
私の右側に座るリオネル様が私の左肩を抱き寄せ、右手でラディカーを刺しているフォークを持つ私の手を掴んくる。
そして、私の手をリオネル様が動かしてリオネル様はラディカールを自分の口へと運ばれる。
その瞬間、背後から聞こえてくる女子生徒たちの悲鳴が大きくなる。
……だけど、私はそんな女子生徒たちの姿を見ることができないでいた。
まるで、生徒たちから私を隠すように私に身を寄せるリオネル様。
そんなリオネル様の影が私に覆いかぶさった状態。
女子生徒は勿論、周りの反応なんて私には見えなかった。
「ありがとう、フィアナ。」
リオネル様は少し大きなお声で私にお礼を言う。
そして――――
(…………え?)
私に何が起きたのかと疑わせる行動をし、私から身体を離した。
そう、リオネル様はあろう事か、私の頬に口づけをされたのだった。