フィアナの小さな決意
「それでは、週末は森に出かけるということで構わんな。」
「はい……リオネル様。」
美術の授業が終わり、本日はもう受講する授業がないため帰宅する私を門まで見送りに来てくださったリオネル様と言葉を交わしていた。
週末、どこかしらには出かけなければということで今日のように静かな場所で静かに過ごすことになった。
場所はリオネル様のお家の領地にある森。
綺麗な湖があるのでその辺で散策や読書をして過ごそうということになった。
「……フィアナ。」
「……はい。」
「あの生意気な一年にも声をかけておけ。」
「……え?」
「お前と共にいるだけで一日をつぶすなどできるか。魔法にひどく自信があるようだしな。俺の退屈しのぎにでも付き合わせてやる。」
不敵に、どこか不気味に笑うリオネル様。
昨日の昼の模擬戦の事に関していまだお気持ちが晴れていないのだろうか。
でも……
「……誘っても、来ないかもしれません。」
先程、不機嫌にさせてしまった。
もしかしたらもう、私といてくれないかもしれない。
愛称でなく名前を呼ばれた時、リオの中で私という存在は【おもちゃ】ですらなくなったような気がした。
(リオ……。)
喧嘩なんてしたことがないからどうすればいいかわからない。
そもそもこれは喧嘩なのだろうか。
それすらもわからない。
「ふん、あいつなら必ず来るだろう。誘う際、くれぐれも忘れずに言っておけ。泊りで、だとな。」
「は、はぁ……。」
(リオネル様って、お考えがわかりやすい時と分かりにくい時があるわ……。)
私の事は忌み嫌われているし、リオの事だっておそらく生意気だからムカついていらっしゃるはずだ。
なのにどうして泊りで出かけようだなんて言い出したのだろう。
(というか、リオが来なければ私、また八つ当たりとかされたりして……。)
今日は一度もリオネル様に暴力を振るわれていないとはいえ、今後振るわれないとは限らない。
リオがもし受け入れてくれなかったらと思うと、今から気が重い。
というか、そもそもリオと話す事ができるのだろうか。
なんてことを思いながら私は女子寮の自室へと戻ったのだった。
・
・
・
「はぁ……。」
夕食の時間になり、私は食堂へと向かうために重たい脚を動かしていた。
本当にどうリオに話しかけよう。
なんて思っていると遠くから一人でこちらへと歩いてくるリオの姿が見えた。
食堂は女子寮と男子寮の間にある建物にあり、食堂への入り口は一つ。
私達の目指す場所は同じという訳だ。
(……よし。)
いつまでもこんな状態でなんていたくない。
リオは私が私らしく話せる数少ない相手だ。
これが喧嘩なら早く仲直りしたい。
声をかける事を怖いと感じるけれど、私はぐっと拳を握り、小さく深呼吸をした。
「あ、あの、リ――――――」
「フェミリオル君!!」
「っ!!」
リオに話しかけようとした瞬間、私の後ろからリオの名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主である女子生徒は私の前方にいるリオに向かって走り寄っていき、リオの腕に抱き着いた。
「ちょ、なんなわけ、あん―――――あっ……。」
抱き着いてきた女子生徒に何か言おうとしているリオと目があう。
だけど、リオはすぐに私から視線を外した。
「ねぇ、フェミリオル君!一緒にご飯食べよ?ね、いいでしょ!?」
「……いいよ。別に誰とも食べる約束してないしね。」
「やった!そうと決まれば早くいこいこ!私、お腹すいちゃった!」
「あーはいはい。」
女子生徒に抱き着かれたままリオは女子生徒と共に食堂の中へと消えていく。
「……リオ。」
私と違う人と私に接する時と同じように接するリオ。
その姿を見て胸が痛くなる。
……思い知らされる。
私とリオの関係が特別な関係なんかじゃないという事を。
わかっていても現実を突きつけられるのはとてもつらい。
(……可愛かったな……さっきの女の子……。)
誰だって醜い人より綺麗な人がいいに決まってる。
リオだって言っていた。
醜い顔が好きなわけがないって。
ただでさえ醜い存在なのに態度まで可愛げないと来たらどこを愛せというのだろう。
そう、これは仕方ないことだ。
私が自分で招いてしまった最悪の結果なのだから。
(なんだかもう、疲れたかも。)
リオの言葉や態度に一喜一憂するのも、らしくない自分の行動に後悔や絶望をするのも、ふとした瞬間に醜い顔のせいで惨めな気持ちになるのも……もう疲れた。
これ以上こんな風に苦しみたくない。
たった数日同じ時を過ごすだけでこう思うのだからどのみち私とリオは長く同じ時を過ごせなかったんだと思う。
(……距離を置こう。これ以上傷つく前に。)
そう心に決めた私は静かに食堂の中へと入っていくのだった。