侯爵令嬢とのお食事会
「はぁ……。」
一限目の授業が終わり、学校の廊下をゆっくりと歩きながら私はため息をついた。
朝目が覚めたらリオの姿はもうなかった。
それが寂しかったといえばいいのだろうか。
不安に思っていたようなことが現実に起きてしまったかのように、幸せな夢から覚めてしまったような朝だった。
(というか、リオは昨日何しに私の部屋に来たの?……私の体調、心配してくれていた……とか?)
だとしたら嬉しい。
今まで学校には誰も私の身を案じてくれる人なんていなかった。
私にたくさんの愛を向けてくれるお父様もフェリアもここにはいない。
だから、リオという心のよりどころができた事がどれだけ嬉しいか。
(まぁ、意地悪だったり優しかったりで一緒に居て気持ちが落ち着かない時の方がほとんどだけど……。でも、それでもリオの傍は温かい……。)
なんてことを思いながらリオに寄り添って眠った事を思い出してしまう。
私はなんて大胆なことをしてしまったのだろう。
いや、大胆といえばもうあれ以上に大胆なことをしたのだけれど……
「フィアナ。」
「っ!!」
リオとのことを思い出して赤面している私の名前を背後から誰かが呼ぶ。
驚きながら振り返るとそこにはリオネル様がの姿があった。
「リ、リオネル様……。」
どうしよう。
早く顔の熱を覚まさなくては。
なんて思うけれどそうすぐには冷めなくて、私は顔を隠すように両手で覆ってしまう。
そんな私の行動が理解できないのか、リオネル様は固まったかのように私を見つめてくる。
……そんなに見つめないでいただきたい。
「あ、あの、ご用件は……。」
「っ!!あ、あぁ、そうだった。ラインデル侯爵のご令嬢が昼休みに食事でもと誘ってくれてな。君も共にどうだ?君がいなければつまらなくてね。」
人目があるからかリオネル様は優しい口調で話しかけてくださる。
でも、だからこそ返答に困るというものだ。
(真意はどっち?同席した方がいいの?しないほうがいいの?)
リオネル様の望む返答を教えてもらえなければその望み通り返答できない。
どうしよう……。
「もし君が同席しないというのであれば私は君を不安がらせたり悲しませたりすることはしたくないからね。断ろうかと思うよ。とはいえ、相手が相手だ。断りづらいし是非同席してもらえないかな。」
「……もちろんです。リオネル様のお望みであれば何を置いてでもご一緒させていただきます。」
用があれば同席しなくてもいい。
そういわれたら同席を望まれていないことは解るけれど、今の言い方はおそらく望んでいるという事だろう。
こうして私の昼休みの予定が決まった。
(にしても、お相手がラインデル侯爵のご令嬢だなんて……。)
確か私とリオネル様が婚約を発表して一番気にされていた方。
自分がリオネル様の伴侶になるべきだと何度も私に申されている方だ。
……私だって女王陛下が私と結婚した王家血縁者を次期王にだなんていいださなければ自身の好きな方と、リオと婚約して、結婚したかった。
……まぁ、それこそまずリオにも私と結婚したいと思ってもらわないといけないのだけど。
でも、そんな自由が利かないのが貴族というのもだと思う。
何不自由ない生活を送る資産はあっても、本当の意味での自由なんてどこにもない。
家の利の為に結婚する。
自分の意思なんてそこには不要。
……思想の自由は何処にもないのだ。
(ラインデル侯爵のご令嬢、エリリアナ様。ご厄介な方とお昼をすることになってしまったわ。)
きっと平穏な食事会にはならないだろう。
私はリオネル様の婚約者とし誤った発言や行動をしないよう心掛けなければ。
(……よし。)
私は軽く自分の頬を叩き、気合を入れる。
昨日のリオネル様の言葉を忘れてはいけない。
私達は契約関係。
それ以上でもそれ以下でもない。
だからこそ、結婚という契約を護れるよう最善を尽くさなければならない。
それさえ守っていればリオと共に過ごすことだって許されている。
でも、逆に誰かに私達の関係が不審がられたら不用意に異性であるリオと共に過ごすことは出来なくなる。
リオと共に過ごす時間の為にも役目は果たさなくてはいけない。
絶対失敗してはいけないと私は覚悟を新たにした。
「本日は急な申し出をお受けいただき、誠にありがとうございます、リオネル様。」
学校内にある庭園。
その庭園で私たちは食事会をすることになった。
庭園は春の花があちこちに咲いていていい香りが漂っている。
そんな中、私とリオネル様、そしてエリリアナ様は食事を始めた。
食事が始まるとまるで私の存在など認知していないかのようにリオネル様に話しかけるエリリアナ様。
居心地は最悪のもので、料理の味なんてわからないでいた。
「ところでリオネル様?今週の週末はどうなさるおつもりなんですか?」
「週末ですか……実はフィアナと花見にでも行こうかと話しているところなんですよ。」
(……え?)
覚えのない話に驚いてしまう。
でも、私が忘れているわけではないという事はすぐにわかった。
リオネル様がこちらを見て話を合わせろとでも言いたげなお顔をされている。
つまり今思いついた事なのだろう。
「……とても羨ましいお話ですね。私もぜひご一緒させていただきたいものですわ。」
「申し訳ありませんが、私はフィアナと二人で過ごしたいと思っているのです。なので、3人で出かけるのはまたの機会にでも。」
「……3人で……。そうですわね。」
3人でと言われた瞬間、一瞬だけれどエリリアナ様のお顔が歪んだ。
すぐに取り繕われたけれど、でも、面白くないというのが私に伝わるには十分すぎた。
(リオネル様……そんなにエリリアナ様が御苦手なのかしら。)
こうして食事に誘われたら断りはしない。
けれど、決してそれ以上の付き合いはしない。
近づくことを許さない。
そんな発言がエリリアナ様に対してよく見られるのだ。
いずれ外に女性を作るとしても、その相手が貴族とかであればいろいろ問題にはなるだろうし、貴族の女性とそういう仲になって欲しいなどというのは全くない。
でも、完全に寄せ付けない態度。
誤解を招くことや変に期待を持たせることがないという点ではむしろ称賛されるような行動なのだけれど、でも、もし私がリオネル様みたいな態度をリオに取られたらと思うと、少しだけ悲しくなるな、なんて思ってしまう。
……同情、と言うやつになってしまうのだろうか。
もう少しエリリアナ様のお気持ちを考えて差し上げればいいのにだなんて思ってしまう。
――――とはいえ、その後もエリリアナ様の態度は変わらず、ずっと私の存在などないかのようにリオネル様と会話を楽しまれながら食事をされ、同情したことを後悔する。
そもそも、私なんかに同情されてはエリリアナ様もお怒りになるだろう。
私はもう何も考えず無言で食事をとり続けた。
しかし、仕事は仕事としてしっかり行う。
リオネル様が時折振ってこられた折には話題に同調した。
その度にエリリアナ様から睨みつけられてしまったけれど、これが私の仕事だと自分に言い聞かせながら味のしない食事をつづけたのだった。




