82話 コミュニケーション訓練
「アダム様。今日こそはわたくしとランチに行っていただけますわよね?」
シュリアルラが金髪を揺らしながら、俺の席の前に立った。
以前から何度も誘われてはいたが、その都度用事があると断ってきた。しかし、むしろこのまま断り続けるほうが面倒くさいかもしれん……。
ついに根負けした俺は、そうとは見えない様に爽やかに答えた。
「ああ、良かった。今日のお昼は空いてたから、ちょうど君に声を掛けようと思ってたんだよ。シュリアルラ」
恐らくいつも通り断られると思っていたのであろう。俺が答えた途端にシュリアルラは「え?」という表情をしたかと思うと、次の瞬間にはほんのり頬を赤く染めて、もじもじし始めた。
「ま、まあ! ありがとうございます……こ、光栄ですわ……」
「食堂のプライベートルームで良いかな?」
俺は席から立ちあがり、もじもじしているシュリアルラに尋ねる。
「え、ええ。もちろんですわ」
高飛車な令嬢というイメージだったシュリアルラだが、こうして照れながらも嬉しそうな顔をしてもじもじしている様子は年相応にカワイイもんだ。
自分が相手に好かれているのだと認識してしまえば、対人関係にもこんなにも自信と余裕が持てるなんてなぁ。イケメンのコミュ力が高い理由がようやく分かったぜ。
「さ、じゃあ行こうか」
シュリアルラに呼び掛けて、教室を出る。
ちなみに、俺がシュリアルラのランチの誘いを受けた瞬間、教室の女子たちの間にざわめきが起きたことについては気付かないふりをした。
そして予想外だったのは、以前シュリアルラに対抗していたメルティールナの動向だ。またシュリアルラに突っかかってくるのかなと思ったが、真っ青な顔でこちらを見つめているだけだった。
「ええ」
シュリアルラはもはや教室の様子など目に入っていない様に、相変わらずもじもじしながら返事をして俺と一緒に教室を出た。
俺達が教室を出た後、教室から女子たちの悲鳴のような叫びのような声が聞こえた気がするが、もはや気にすまい。
そのまま俺達は食堂に入り、2階へ向かった。
「ようこそ、プライベートルームへ」
2階へ行くと、以前と同じようにプライベートルーム専属のバトラーである渋いオッサンが俺達を出迎えてくれた。
「ご利用はアダム様とシュリアルラ様のお二人で宜しいでしょうか?」
「ああ」
俺が返事をするとバトラーは優雅に頷いて、俺達をプライベートルームの一室に案内した。
バトラーは今日もまたウェルカムドリンク的なシュワシュワした泡が出ている飲み物をテーブルに置いて、オーダーを確認する。
「本日はコースになさいますか? アラカルトになさいますか?」
ルビーと来た時はアラカルトにしたけど、選ぶのめんどくさいしコースで良いか。と考えつつ、一応シュリアルラにも尋ねる。
「コースでいいかい? シュリアルラ?」
「え……ええ、もちろんですわ」
シュリアルラは赤い顔でこっくり頷いて答える。
「じゃあ、コースで頼む」
俺がそう伝えると「承知いたしました」とバトラーのオッサンは答えて、スッと静かに部屋から退出していった。
「……」
「……」
「……」
――むぅ。対人関係に余裕は出てきたものの……圧倒的に経験が足りない俺には、こういう時にさりげない話題を振る、なんて高等テクニックはまだ無理だな。
……うう、気まずい。
しかし、その気まずさをかき消す様な明るい声でシュリアルラが話題を出した。
「あ、あの。アダム様! 学生会執行部メンバーへのご就任、おめでとうございます」
むむ、さすがはスクールカースト上位女子のシュリアルラだ。話題を振る能力は俺よりも一日の長があるようだ。
「……ああ。ありがとう……」
とりあえずお礼を言う。俺の中ではどっちかっつーと話題を振ってくれたことに対するお礼だ。しかし、その瞬間、自分の犯した過ちにも気づく。
しまった……お礼だけでは話題がそこで止まってしまう……。何か言葉を繋がなければ……えーっと。えーっと。
心の中で焦りつつ、繋ぎの言葉を考える俺の許に、バトラーと言う名のオッサン天使が舞い降りる。
「失礼いたします」
軽いノックの音と共にオッサン……じゃなくて、天使が入ってくる。よっしゃ、ナイスタイミング。
バトラーは運んできたグラスを俺達の前に置き、赤い液体をグラスに注いだ。
「ヤジリカヤのカナンでございます」
カナンを皮切りに、そこからは『これが学生の昼飯かよ!!』と突っ込みたくなるような、美しく盛り付けられた繊細な味の料理が順番に運ばれてきたので、料理の話でなんとなく場を持たせることが出来た。ま、ほとんどシュリアルラが話していたのだが……。
そしてメインの肉料理を食べ終わった頃、それまで当たり障りのないことを話していたシュリアルラが、急に声のトーンを変えて決意するかのように口を開いた。
「あの……アダム様にお伺いしたいことが……」
「え? ああ、なんだい?」
コース料理はやっぱり時間がかかるなぁ……なんて考え事してた俺は慌ててシュリアルラに視線を移す。
俺と目が合うとシュリアルラはまたもや恥ずかしそうに俯きつつ、ちょっと逡巡してから口を開いた。
「あの、アダム様とルビー様が婚約されているというのは本当なのでしょうか?」
――またそれか……。
思わず、俺は脱力する。ルルリナに続いてシュリアルラにまでも聞かれるとは……。クラスを跨いで噂が広がっているってことか。根も葉もない噂って立つもんなんだなぁ……
「……いや。ただの噂だな」
俺は肩を竦めながら答える。途端にシュリアルラがパッと顔を輝かせる。
「そうなのですね!」
っつーか一体誰が、こんなくだらねー噂を流しているんだろうか。なんだって俺とルビーを婚約者にしたいんだ?
その時、プライベートルームのフロアにしては珍しく、廊下の方から騒がしい音と声が聞こえた。
「どうしたのでしょう? 外が騒がしいようですわね?」
シュリアルラが眉を顰める。
なんだろう……なにかトラブルでも起きたか? 俺も何かあればすぐに対応できるよう、さりげなく体勢を整え、外の様子に耳を澄ませる。
カツカツ……と早足で歩く複数人の足音と、バトラーの低い声が聞こえる。
「勝手な行動は困ります……」
「おだまりなさい!」
――あれ? 今の声は……。俺がそう思った瞬間、部屋の扉が壊れんばかりの乱暴さで開け放たれた。
「アダム様!! ご無事ですか!!?」




