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80話 アリバイと疑惑

 

 トルティッサと街での食事を終え、俺達は門限ギリギリにソレルム寮の自室に戻った。


「くーん」


 俺が自分の部屋へ入ると、さっそくヴァナルカンドがお出迎えをしてくれた。と、思ったらその口にはリードが咥えられていた。どうやら早く散歩に連れていけと言っているようだ。


「ちょっと待てって。着替えてからな、な?」


 俺がそう言うとヴァナルカンドは渋々といった感じで、部屋の入り口にお座りをして、俺をじーっと見つめる。早く着替えろよ、というプレッシャーがすごい。


 さっきの町の酒場の事件についてもう一度色々考えてみたかったが、まずはヴァナルカンドの散歩を終わらせないと落ち着いて考え事もできなそうだ。


 俺は手早く外出着を脱ぎ、走りやすいラフな服に着替える。ヴァナルカンドが待ちきれない様に部屋の扉の前をウロウロし始めた。


「よし、行くか」


 ヴァナルカンドに手早くリードを付け、俺は部屋の外へ出た。玄関ホールに向かって、廊下の角を曲がった時だった。前方に見覚えのある銀髪の後姿が見え、俺はハッとした。


 ――あれは……ジェム・ゾイダート?


 先ほどの血みどろの光景を思い出し、一瞬、逡巡するも俺は決意して声を掛けた。


「ジェム先輩!」


 俺の呼び掛けに反応して、サラリと銀髪を揺らしてジェム・ゾイダートが振り返る。


「……なんだ?」


 あの時の犯人がジェム・ゾイダートであれば、俺の顔を見たら何かしらの反応をするはずだ……と見込んで声を掛けたのだったが、振り向いたジェム・ゾイダートは全くの無反応だった。強いて言えば、わずかにヴァナルカンドに目を止めただけだ。


 むぅ……ではもっと突っ込んで聞いてみるか。


「あの、先ほどドレッサ地区の酒場にいらっしゃいませんでしたか?」


 俺の言葉にジェム・ゾイダートは怪訝な顔をする。


「ドレッサ地区? あのような場所に行く訳ないだろう?」


「そう……ですか?」


 あれ? これは本当に別人だったパターンか? 少し自信がなくなった所にまた別の声が聞こえた。


「ジェムなら、今日はずっと私と執行部の仕事をしていたからそもそも外出をしてないよ」


 半開きだった扉が開いて、部屋の中からレルワナが姿を現した。


「レルワナ副会長! そうですか……」


 ジェムは全く動揺している様子も見られない。レルワナと一緒にいたのなら、アリバイもあるってことか……やはり、あの時の犯人はジェム先輩では無かったのか……?


 黙り込んでしまった俺を一瞥すると、ジェムが口を開いた。


「用事はそれだけか?」


「あ、はい。……お呼び立てしてすみませんでした」


 これ以上、追及することも出来ず俺は頭を下げた。


「アダム君。ドレッサ地区は危険だから、興味本位に近づかない方が良いと思うけど。特に君はもう学生会のメンバーなのだから、軽率な行動は控えるようにね?」


 レルワナに軽く釘を刺されて、俺は一応従順な態度で頷いた。


「はい、すみません。気を付けます」


 ま、行きたいときには行くけどな。


「うん、気を付けてくれればいいよ。……ところでアダム君はこんな時間から散歩かい? 噂には聞いていたけれど、本当に立派な犬だね」


 レルワナがヴァナルカンドを見ながら、話題を変えてきた。


「ええ。いつもこのくらいの時間に散歩をするのが日課なんです」


 俺がヴァナルカンドを撫でながら答えると、レルワナは笑いながら頷いて答える。


「そう。あまり遅くならないようにね。あ、この時間だとルルリナも散歩してるかもしれないな。もし会ったら、夜更かしは美容の敵だぞって伝えておいてくれ」


 ……ああ、このあいだバラ園で会ったっけ。あの小悪魔女子も散歩が日課なのか? 面倒くさいからもう会いたくはないな。


 などと考えながらも、俺はヴァナルカンドを撫でた時に聞こえる心の声に少し違和感を感じ、もう一度ヴァナルカンドをさりげなく撫でた。


『コワイ……コワイ……コワイ……コワイ……』


 この反応って……。改めてヴァナルカンドの様子を伺うと、やはり少し怯えているようだった。


 その時、


「おい、行くぞ」


 と、痺れを切らした様にジェムがレルワナに声を掛け、さっさと歩き出した。


「ああ、僕ももう行くよ。じゃあね、アダム君」


 レルワナはひらひらと手を振ると、ジェムと一緒に2年生の居室のある2階へと階段を上って行ったのだった。


 ――俺は二人を見送ってから、ようやく外へ出た。


「人違い……なのか?」


 ジェムの反応だけを見れば、あの犯人がジェムだとはとても思えない気がした。それにアリバイもある。――しかし、一方でヴァナルカンドの反応も気になる。


 モヤモヤした気持ちが残ったがここで考えていてもしかたがないので、とりあえず気を取り直してヴァナルカンドと散歩をはじめたのだった。











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