挿話 秘密
「アイツに見られた」
男子学生用のソレルム寮の一室で、銀髪の青年が返り血で汚れたシャツを着替えながら口を開いた。
「アイツ? ああ……アダム君? へぇ。どこで?」
落ち着いた低音ボイスが静かな部屋に響く。
声の主、レルワナは持っていたグラスをテーブルに置くと、うっすらと笑みを浮かべながらジェム・ゾイダートに顔を向けた。
「ドレッサ地区の路地」
「そう……どうしてあんなところに」
レルワナはジェムの言葉に少し驚いた様に目を見開く。
ドレッサ地区と言えば、町の中でも治安が悪いことで有名だ。貴族である学院の生徒が訪れるような場所ではない。
ジェムはそのまま無言で、脱いだシャツを丸めて右手に持つと、炎が燃え盛る暖炉に投げ入れた
無表情のジェムの顔を照らしながら炎は広がり、返り血の付いたシャツを灰に変えていく。その様子を見ながら、レルワナが呟いた。
「まあ、いいや。けど、もう少しここで遊んでいたいから、聞かれても答えちゃダメだよ」
「なぜだ? 正体がバレたら戦ってもいいって言っていただろう?」
ジェムは無表情のまま、しかし目の奥には不満げな光を湛えながらレルワナを睨んだ。
「ふふ。そんなことだろうと思ったよ。まだ正体を知られた訳では無いだろう? いいかい。今後わざとアダム君に秘密を明かそうとしたら……許さないよ」
レルワナはあくまでも柔和な笑みを浮かべたまま、ジェムに冷ややかな声で命令する。
ジェムはふっとレルワナから視線を逸らして、
「……わかった」
とだけ呟いた。
「うん、いい子だね。まあ、どうしても問い詰められそうになったら、休学でもしようか? ジェム・ゾイダート君? ふふふ」
ジェムはジロリとレルワナを睨んで再度口を開いた。
「いつまでこんなくだらない遊びを続けるんだ?」
「くだらないとはひどいなぁ。私の楽しみなのに……」
レルワナが大げさに肩を竦めながらジェムに答える。
「まあ、テリルワムリの卒業タイミングまでは続けたいよね。ようやく『樹海の夢』も出てくるみたいだし。君も興味あるだろ、ジェム?」
レルワナは嬉しそうにそう言ってグラスを持ち上げ、中に入っている琥珀色の液体を飲んだ。
「……別に」
ジェムは大して表情も変えずに、替えのシャツに腕を通しつつ言い捨てる。
「はは。その答え方、この間のアダム君とそっくりだよ。真似してるの?」
レルワナがそう言って楽しそうに笑うと、ジェムは無言でレルワナを睨んだ。
「ふふ、ごめん。つい可笑しくなっちゃって。……まあ、どちらにしてもあと一年くらいだよ。短いものだろ、一年なんて?」
レルワナはそう言って、また琥珀色の液体を一口飲むと、誰に言うでもなく小さく呟いた。
「……本当、ほんの一瞬だよね」




