78話 酒場の騒ぎ
「なんだ?」
トルティッサが騒ぎのあった方へ目を向ける。数人の男が立ち上がって何か怒鳴っている。
「いやぁね。またアイツらが他の客に因縁つけているわ」
トルティッサにしなだれかかっていた女が、呆れた様に言った。
「アイツら? 彼らは有名人なのかい、レディ?」
トルティッサは自然に女の手を取り、滑らかな動作で自分の隣の空いているスペースに女を座らせ、柔らかな微笑みを浮かべて尋ねた。
薄衣の女は「あら」と嬉しそうに笑うと、「ええ、有名って言うか。悪名高いというか、ね?」と答える。
俺はトルティッサの自然なエスコートに衝撃を受ける。やべえ。これはすぐには真似できんが……とりあえず、記憶にメモメモ。
「ねぇ。私も隣、良いかしら?」
耳元で色っぽい声が囁く。うおっと、トルティッサの優雅なエスコートテクニックにいつまでも衝撃を受けてる場合じゃなかった。
「ああ、もちろん。さあ、どうぞ」
俺はさっき見たトルティッサのイケメンスマイルを真似するつもりで、にっこりと微笑みながら首元に顔を寄せる女に囁いた。途端に俺に腕を絡めていた女の体がふにゃりと弛緩したような感じがした。
ちなみに俺達がそんなやり取りをしている間も、店内は急に巻き起こった騒ぎにてんやわんやになっていた。端っこの席に座ってて良かったな、コレ。グッジョブ、トルティッサ。
「テメェ! 舐めた口ききやがって! 金目の物を置いて行けば許してやるっていってんだろーが!!」
ガタイの良い男が柄の悪い口調でもう一人の客を怒鳴りつけている。相手の様子はここからだと良く見えない。
「今、怒鳴り声をあげている男達は、この辺りを仕切っているマフィアの構成員なの。いつもああやって気に入らない客に因縁をつけては金品を奪ってるのよ」
トルティッサの隣の女があからさまに嫌そうな顔で騒いでいる男たちについて話す。
「ああ、あのお客さんも間の悪い時に入ってきちゃったわね……。お兄さんたちも気を付けてね。あなた達もなんだか他のお客さんと雰囲気違うし、狙われちゃうかも。ね、だから早くこんなところ出て、違うイイ所に行かない?」
俺の隣に座った女は、俺の方を熱っぽい目で見ながら誘いを掛けてくる。
「上等だ!! ちいっと外に出ろや!!」
その時、ひと際大きな怒鳴り声が響いて、俺達はまた騒ぎの方へ眼を向けた。その時、絡まれている客が立ち上がった。
人垣の間から、サラリと揺れて輝く銀髪が見える。なんだか既視感のある後ろ姿に俺の心臓がドキンとする。
「あら、やだ。あのお客さん、本当に外に付いて行く気かしら? やめた方が良いのに……下手したら殺されちゃうわよ」
「本当……金目の物を置いてさっさと逃げた方がいいのに」
女達が騒ぎの様子を見ながら、物騒なことを口にする。俺はチラリとトルティッサに目を向ける。
「あれって……」
「ああ」
トルティッサも銀髪の客の後姿を凝視していることから、俺だけの気のせいではないと分かる。
俺とトルティッサは同時に立ち上がって、同時に口を開いた。
「「ジェム先輩だよな?」」
「え?」
女たちが急に立ち上がった俺達を驚いた様に見上げる。
「あのお客さん、お兄さん達の知り合い?」
トルティッサの隣に座っていた女が慌てた様に俺達に訊ねる。
「後ろ姿だけだから、似ているってだけかもしれないけど……」
トルティッサが男たちを見失わない様に背伸びしながら女の質問に答える。俺が席から動き出そうとした気配を感じてか、隣に座っていた女が俺の袖を引っ張りながら言った。
「止めときなって。知り合いだとしても関わり合いにならない方が良いよ? あいつら、本当にシャレにならないから」
「いや。そうは言っても、放ってはおけない。心配してくれてありがとう」
俺は女の白い手を取って、お礼を言うと男たちが消えていった裏口へ向かった。




