74話 久しぶりのクラブ活動
「アダム君、聞きましてよ。貴方、学生会執行部に入ったそうじゃないの」
ルマティ部長のセクシー声が第五演習室に響く。執行部の顔合わせがあった次の日、俺は久しぶりに魔石クラブに顔を出していた。
魔石クラブの活動日というのは基本的には固定されていない。各々好きな時に部室に行って、好きな研究をするのが主な活動だ。これはアルヌ先生の方針らしい。今日は俺の他にはルマティ部長とムルタリス先輩が部室に来ていた。
「え? ああ、はい。トルティッサから聞いたんですか?」
俺は読んでいた『魔石学原論』の本から顔を上げる。ルマティ部長が紅茶のカップを持ちながらこちらを見ていた。
「アダム君が執行部に誘われたって噂、本当だったんだ」
ヤジリカヤ合宿で発掘してきた魔石の観察をしていたムルタリス先輩も、驚いた様に顔を上げる。
執行部に入るってことはやはり驚かれることなのか。ムルタリス先輩の反応を見て、改めて認識する。――ってか、そんな噂が流れてたのか。
「ええ。それにマシュラからも聞いたわ」
「……すみません。ご報告もせず」
ルマティ部長にジッと見つめられ、これはいわゆる部活掛け持ちを怒っているのだろうか? と思い、とりあえず謝る。
「あら、別にいいのよ? それで『樹海の夢』については何か情報ありまして?」
ルマティ部長がにっこりと笑みを浮かべながら口にした言葉に思わず目を瞠る。
「どうしてそれを?」
「あら、バンドルベル家は魔石の情報に詳しいのよ? 知っているでしょう? そもそも『樹海の夢』の情報をトルティッサに入れたのは私よ」
くすくすとルマティ部長が楽し気に笑う。ああ、そういう事か。俺は妙に納得する。
「今の所は特にこれと言った情報はありませんね。一応、テリルワムリ会長には挨拶しましたが」
俺はそう答えながらも、ピトーハに似ているテリルワムリの尊大な態度を思い出してまた少しイラつく。『樹海の夢』に近づくにはあいつと仲良くしないといけないのか……。改めてそう考えると案外ハードルの高いミッションだな。めんどくせーな。
「アダム君、『樹海の夢』の情報を集めることも魔石クラブの活動の一環よ。期待してるわね」
あまり乗り気でない態度が出てしまったのかは分からないが、速攻でルマティ部長に退路を断たれた……様な気がした。
「樹海の夢? どうして執行部とS級魔石の話が関連するんだい、ルマティ?」
ムルタリス先輩が不思議そうに尋ねる。
「ふふ。話してもいい時が来たらムルタリスにも教えるわ」
ルマティ部長が無駄に妖艶な笑みを浮かべる。ムルタリス先輩は「ああ、そういう感じの話なのか」と納得したように言って、特に食い下がる様子もなくまた魔石の観察を再開した。二人ともなんだかこういうやり取りに慣れているかのようだ。
そんな感じで一通り話も終わったので、俺も再度『魔石学原論』の読みかけのページに目を戻したときだった。またルマティ部長が口を開いた。
「ああ、そうだわ。それと、アダム君。あなたルルリナ・シュパナテイクに狙われているみたいだからお気を付けなさいな」
「は?」
急に出てきた話題に思わず手に持った『魔石学原論』を取り落としそうになる。狙われているってなんだ? 命?
俺の怪訝な顔を見て、ルマティ部長がフフフと笑う。ちょっと怖い。
「貴方、その容姿と家柄を持っていながら本当に女性慣れしてないのね? 余程ルビーちゃんに過保護に守られてきたのかしら?」
げ。ルマティ部長までトルティッサと同じことを……。
「ああ、確かに君を守るルビー嬢の気迫は驚嘆に値するな」
ムルタリス先輩まで同意している! そうなのか? やっぱりそうなのか? 俺がルビーを守ってやっていると思っていたけど、実は俺がルビーに守られていたのか?
「……仰っている意味が分かり兼ねます」
俺は心の中では大いに動揺しながらも、認めたくない一心で殊更クールに答える。
「あら、そう? まあどちらにしてもルルリナ・シュパナテイクには注意なさい。あの子、昔から自分の取り巻きを作るのにご執心なのよ。ほら、保護欲をそそる見た目でしょう? あの子の本性に気付かない男子たちが大勢毒牙に掛かっているわ。女子の間では有名な話だけど、なぜか男子は気が付かないのよね。ふふ……やっぱり男の子って、お馬鹿さんが多いのね」
暗にお馬鹿さんと言われている気がしたが、言われてみれば確かにルルリナ・シュパナテイクの言動に思い当たる節がある。あれが噂の小悪魔女子ってやつか。俺はようやくルルリナに感じていた違和感の正体が分かったような気がする。
「それで、どうしてルビーちゃんは不在なのかしら?」
俺が考え込んでいるとルマティ部長が不意に聞いてくる。ああ、そう言えば学校には伝えていたが、部長には伝えていなかったっけ。
「ちょっと家の都合でイスカムルの実家に戻っています。けど、そろそろ帰ってくるはずです」
本当はサファイアの学院入学の手筈を整えに行った訳だが、そのまま伝える訳にもいかないので理由は曖昧にしている。学校側に伝えた時も特に深く追求してくることはなかったので、別にいいのだろう。
「そう、それならいいのだけれど……。一応伝えておきますけど、あなたの事を狙っているご令嬢はルルリナだけではないようだから注意なさいな。ルビーちゃんが居ない間に捕獲されないようにね」
「……ご忠告ありがとうございます」
「いいのよ。部員の研究活動の妨げになるような障害を取り除くのも、わたくしの役目ですからね」
にっこり笑ったルマティ部長の笑顔が黒い気がしたのは気のせいだろうか……?




