73話 錚々たるメンバー
「一年生からは三人、執行部に入ってもらうことになった。紹介しよう。アダム・イスカムル君とトルティッサ・バンドルベル君、それにルルリナ・シュパナテイクだ」
学生会執行部の部屋にレルワナ副会長の心地よい低音ボイスが響く。今日は先日レルワナ副会長に予告されていた執行部員の顔合わせの日だった。
驚いたことに、あのルルリナ・シュパナテイクも今年執行部のメンバーに選ばれていたということだった。
「アダム君はイスカムル将軍の息子さんだ。そしてトルティッサ君はヤジリカヤのバンドルベル西境伯のご長男。ルルリナは皆には紹介するまでもないかもしれないが、私の妹だ」
ああ、やはりルルリナはレルワナ副会長の関係者……というか、妹だったのか。まあ、そんなとこだろうとは思っていたが。
俺がよそ事を考えている間、レルワナ副会長が他の執行部メンバーを次々に紹介していく。
まずは三年生の『クルステ・マクールス』。きつそうな目つきに眼鏡が特徴で、現宰相の息子。
次に同じく三年生の『サマル・トレクラント』、現騎士団長の息子。見た目もいかにも強そうだが、紳士的な物腰で挨拶する様はまさに騎士って感じだ。
そして三年生最後の一人は女性で『ターシャ・カナル』。現法務大臣の娘。化粧ばっちりでグリングリンの立てロール。ザ・令嬢って感じ。それにしても、メンバーはやはりイイトコの坊ちゃん嬢ちゃんばかりだ。
続いて二年生が紹介される。一人目は『ジェム・ゾイダート』。帝国北部の国境沿いを領地とするゾイダート北境伯の四男だそうだ。北国の出身だからだろうか、真っ白な肌と銀色の髪という色素の薄い見た目は派手なメンバーが多い中で逆に目を引いた。
そして二人目の二年生は『マシュラ・カシュカ』……ってマシュラ先輩やん!
魔石クラブではルマティ部長の派手さに隠れてあまり目立たないマシュラ先輩だが、執行部メンバーの中では……より一層目立ってなかった。ってか、俺すら今気づいたからね。俺がペコリと頭を下げると、マシュラ先輩は曖昧に微笑んだ。
しかし、どうやらマシュラ先輩も執行部メンバーの例に漏れずイイトコのお嬢様だったみたいで、父親は帝国魔法師団長だとレルワナ副会長が紹介していた。
そして一年生は俺達三人ということで、総勢八名が執行部のメンバーという訳だ。今年はこの八人で会長と副会長を補佐するらしい。
それにしてもこの紹介の仕方から分かる通り、執行部メンバーってのはやはり家柄や親の役職が重視されるらしい。
宰相、騎士団長、法務大臣、北境伯に西境伯(これは帝国の爵位で辺境伯みたいなもん)、魔法師団長に将軍……か。執行部メンバーの親達が全員力を合わせれば、帝国を瓦解させることも可能な顔ぶれだ。さすが貴族学校の学生会だ、メンバーの揃え方もえげつない。
一通り、全員の紹介が終わると俺達は席につき、改めて学生会執行部員の在り方がどういうものか、レルワナ副会長の薫陶を受ける。
俺はぼーっとレルワナ副会長の心地いい声を聞きながら、隣に座ったルルリナをチラ見して考え込む。
昨日の今日でまたルルリナ・シュパナテイクに会うとは……。しかも執行部メンバーってことはこれからもしょっちゅう顔を合わせるってことだろ。さっき少しだけ交わした会話が蘇る。
「……良かった。わたくし執行部に入るのが少し不安だったのですけど、アダム様と一緒なら心強いですわ」
俺の隣の席に座ってきたルルリナが恥ずかしそうに長い睫毛を伏せながらそう言うのを聞いて、俺は頭を抱えた。あからさまに好意を持っています、という目で見られるのに俺はあまり慣れていない。
「あー、その後、怪我とかは大丈夫だったか?」
俺はドギマギするあまりルルリナの言葉には答えず、唐突に昨日の話を蒸し返す。いや、昨日からそのことばっかり考えちゃってたから。つい。
ルルリナは一瞬怪訝な顔をしたような気がしたが、すぐににっこり笑って答えた。
「ええ、大丈夫なのですが……少し足を捻ってしまったようで」
「え?」
「あ、でも大丈夫です。少し歩き辛いだけですから……お気になさらないでください」
……そうは言われても、と正直思う。
ってか、大丈夫なら大丈夫って言いきって! 中途半端に不調申告しないで! と、声を大にして言いたいが、優等生だから言わないでおく。むしろ少し眉を顰めて心配げな表情をしておいた。
そんなやり取りを思い出し、
「ふう……」
とため息をついたところをレルワナ副会長に見られてしまったようだ。
「……ああ、すまない。つい長く話し過ぎてしまった。まあ、そういう事なので皆自分がこの栄えある帝国魔法学院学生会執行部の一員なのだということをいつも心に留めて日々の生活を送ってくれたまえ」
俺のため息のお陰で、レルワナ副会長の話が少し早めに終わったようだ。トルティッサがまた失礼だとかナントカ小言を言っていたが、華麗にスルーした。
そしてその日の帰りはなんやかんやで俺はルルリナを女子寮の前まで送っていくことになってしまったのだった。いや、始めはそんなつもりも無かったんだけど……。なんやかんやあったから仕方ねー。
「ルルリナ、足を痛めているんだろう? 私が女子寮まで送っていくから、ここで待っていなさい。テリルワムリ様に少し報告することがあるから、そうだな……二時間くらいで戻って来るよ」
執行部が終わった後、レルワナ副会長がいつもよりも更に優しい包みこむような声で、ルルリナにそう言ったのがきっかけだった。包み込むような優しい声だが、言っていることは割と鬼畜だ。この何もない部屋で二時間待てと?
「お兄様……。私、大丈夫ですわ。一人で帰れます」
当然のようにルルリナは兄の提案を断る。うん。二時間は待てないよね、さすがに。俺は隣の席で繰り広げられる兄妹の会話に頭の中でコメントを挟み込みつつ何の気なしに聞いていた。
「いや、ダメだ。そんな足で一人で帰って、何かあったらどうするんだ? いい子だから大人しくここで待っていなさい」
「お兄様……ですが……」
ルルリナが助けを求めるようにチラリとこちらを見る。あれ? えーっとこの流れは……。
「……あの、もし差し支えなければ俺が送っていきましょうか?」
俺の言葉にルルリナがパッと表情を明るくする。レルワナ副会長も驚いた様に、俺の顔を見て口を開く。
「いや、アダム君が良ければお願いしたいけど。いいのかい?」
「ええ、もちろんです。元々俺とぶつかったせいだし、それくらいは手伝わせて下さい」
俺は優等生らしく爽やかに微笑む。まあ、ルルリナが足を痛めたのは俺にも原因があるし? 通り道の女子寮に送っていくことくらいわけないし?
いや、いいんだよ? 別にいいんだけど? ……なんだろう、なんだか上手く誘導された感がしないでもないんだが。




