8話 石だって家族は大事
キューちゃんとの穏やかな生活がしばらく続いた。俺もキューちゃんももう正真正銘の親子のようにお互いを信頼し、寄り添って暮らしていた。
しかし、そんな穏やかな生活も破られる時がきてしまったのだ。
それは何の前触れもなくやってきた。
……突然、キューちゃんよりも倍はあるかと思われるトカゲが俺達の前に現れたのだった。
どうやら餌の虫が集まっているのに気付いて、ここまで来てしまったようだった。
――迂闊だった。
今日はキューちゃんが随分おなかを空かせていたようだったので、いつもよりたくさんの虫を集めたのだ。
少しずつ集めれば気付かれなかったかもしれないが、一気に集めたために俺のところまで虫の行列が出来てしまっていたようだった。
大トカゲにとって、それは餌でできた道だった。その虫の道を辿ってやってくれば更に大量のごちそうが並べられた場所に到着したって訳だから、この大きなトカゲにとっては僥倖だっただろう。
しかし、そこにはキューちゃんという先客が居て、パクパクとそのご馳走を食べていたのだ。大トカゲはキューちゃんを邪魔に思ったであろう。しかも大トカゲはかなり腹を減らせているらしく、気が立っていたようだ。
自分よりも小さなキューちゃんに対して、あからさまに威嚇をし始めた。
キューちゃんは一瞬驚いて餌を食べるのをやめた。
しかし、俺を守ろうとしてくれたのだろうか、俺と大トカゲの間に立ち塞がり、必死で大トカゲを追い払おうと小さな体で目一杯威嚇の体勢を取っていた。
キューちゃん! 駄目だ! 早く逃げろ!!
俺はいつもよりも激しく体を明滅させて、キューちゃんに訴える。どう見てもキューちゃんの敵う相手ではない。
しかし、キューちゃんは逃げなかった。果敢に大トカゲに飛び掛かっていったのだ。
大トカゲは突然のキューちゃんの攻撃に、一瞬怯んだようだったが、すぐに怒ったように大きな口を開けてキューちゃんに噛み付いた。
「キュッ!!」
キューちゃんの悲鳴が聞こえる。
や、やめろ!!!
俺が強く体を光らせると、大トカゲがこちらをギロリと睨んで、口に咥えたキューちゃんを俺に向かって吹っ飛ばした。
「ギュッ!!!」
キューちゃんの体が俺にぶつかり、その衝撃で俺の尖った部分がキューちゃんの背中に突き刺さった。
キューちゃん!!!!!!
俺は咄嗟に、キューちゃんの背中に刺さった自分の体の一部を自分で砕いた。
自分でもどうやったのかは分からない……キューちゃんの体から血が流れるのを見た瞬間、無意識にやったことだった。
「キュー……」
キューちゃんはぐったりと俺の足元に倒れ込んだ。
そこへ更に大トカゲがキューちゃんに攻撃しようと、口を大きく開いて飛び掛かってきた。
この時ほど、動けない自分自身が許せないと思ったことはなかった。
俺は石になってから初めての激しい怒りを覚えた。大トカゲに対する怒りと、それ以上に何もできない自分に対する怒りを。
同時に、光を発する時とは違うエネルギーのようなモノが体の奥からフツフツと湧いてくるのを感じる。
俺の怒りと呼応するように、周りの虫たちが激しく狂ったように舞い飛び始めた。
大トカゲがキューちゃんに止めを刺そうとした瞬間、俺の中で怒りが爆発した――。
突然、轟音と共に大地が大きく揺れて地表に亀裂が入った。そして同時に大量の水がすべてを押し流すかのように、この一角に流れ込んでくる。
……この光景以前にも見たことがあるような……。
そう思った瞬間、俺も、キューちゃんも、大トカゲもそこに存在していたものは全て、一瞬にして大波に攫われてしまったのだった――。
……
……
……
大波に攫われた俺は、そのまま何処へともなく運ばれ、水流が弱まった場所で留まった。
周囲を見回しても、キューちゃんも大トカゲも居なかった。俺は祈りながら、更に探索範囲を広げて、キューちゃんの気配を探った――。
……しかし、いくら探してもかわいいキューちゃんの気配を見つけることはできなかった。
……俺のせいだ。キューちゃんを危険に晒して……守ってあげることも出来なかった。
本当の悲しみとは、こういうことを言うんだと俺はその時初めて知った。
悲しくて泣きたいのに、涙を流すこともできない。悔しいと叫ぶこともできない。吐き出せない辛い感情を、ただ身の内に募らせることしかできなかった。
俺は諦めきれず、いつまでもいつまでもキューちゃんの気配を探し続ける。――キューちゃんの死骸が見つからないことだけが俺の微かな希望を支えていた。
無事生きていて欲しい……。二度と会えなくても……ただただ生きていて欲しい……俺はそう祈りながら探し続けることしかできなかった。
ずっと、ずーっと長い間キューちゃんを探し続けていたが、ついに見つけることはできなかった。
例えあの時に生き残っていたとしても、もうとっくにキューちゃんの寿命は尽きたであろうと思えるくらい探し続けた後……俺は探すのをやめた。
そしてまた、退屈な日々が始まった――。