63話 キューちゃんの忘れ物とお友達
ヤジリカヤ山には驚くほどすぐに着いた。しかも空から直接頂上に着陸だ。……合宿の時はあんなに時間かかったのに……。
キューちゃんは何の躊躇もなく、ヤジリカヤ山の頂上の雲へ突っ込んで行った。
「さあ、着きましたよ」
キューちゃんの背中から下りた俺達は周りを見回した。辺りは一面雲に覆われていて、頂上の全体像は分からない。
ヴァナルカンドはようやく地上に下りられたからか、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねている。
「やっぱり頂上はいつも雲に覆われているんだな……」
俺が呟くと、キューちゃんが答えた。
「ええ。これも一応、魔法なのです。……さ、どうぞ、こちらへ」
キューちゃんが慣れた感じで俺達を案内する。俺達はキューちゃんに先導されながら歩いていく。すると突然ぽっかりと開いた洞窟の入り口に辿り着いた。
「ここが私の住処です。どうぞ、お入りください」
キューちゃんに案内されるままに俺達は洞窟の中へと歩みを進める。少し歩くと、奥の方にぼんやりとした光が見えてきた。
「……これは!」
ルビーが思わず声を上げた。
洞窟の奥にはたくさんの魔石が積み上げられていたのだった。しかも雰囲気からして、ほぼすべてA級であろうことが感じられた。
「父上を探しているうちに集まった魔石なのです。一部は中腹にある昔の洞窟に置いてきてしまいましたが……」
キューちゃんがボソリと呟く。
「忘れ物って、この魔石の事だったのか?」
俺は魔石の光に照らされたキューちゃんを見上げる。
「ええ。これらもそうなのですが、一番取りに来たかったのはこれらではなく……」
そう言ってキューちゃんは更に奥へと入っていく。
俺達もその後を追う。
すると、その先には……一際大きく輝く青い魔石が置かれていた――。
「この魔石です……友達なんです……」
キューちゃんが少し恥ずかしそうに俺達にその魔石を紹介してくれた。
その瞬間、ルビーが驚きに目を瞠りながら口を開いた。
「……これは……夜の雫!? なぜこんなところに!?」
「え?」
その名前を聞いて、俺も驚く。
夜の雫だって? S級の? マジで? こんなあっさり?
「ああ……確かに……この魔石は自分で『夜の雫』と名乗っていました。昔、父上だと勘違いしてしまいまして、人間から奪ったのですが……お二人はこの魔石の事をご存知なのですか?」
キューちゃんがキョトンとしながら呟く。
「……キューちゃん……でかした! 俺達、この魔石を探していたんだよ。人間が持っているとばっかり思ってたぜ」
俺はキューちゃんを撫でて、褒めた。
「キュー。こんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」
キューちゃんは嬉しそうに尻尾をユラユラ動かす。
「よっし。じゃあさっそく、『夜の雫』を人化させてみるか!」
俺がそう言った途端、
「……え?」
キューちゃんがなぜか絶句し、ユラユラ揺れていた尻尾がパタリと止まる。
「人化……ですか? しかし……」
キューちゃんが難しそうな顔で呟く。
「あれ? ……ダメ?」
俺はキューちゃんの反応でハッとして聞き返す。
「……いえ。父上のご命令とあれば、私が反対する訳には行きませんが……出来れば『夜の雫』の意志も確認いただけるとありがたいかと……」
キューちゃんが困ったように俺に進言する。
「『夜の雫』の意志か……なるほどな」
そうだ、石と言えども意志がある。キューちゃんの意見も尤もだ。石権を守る会会長の俺がとんだ過ちを犯すところであった。
俺は『夜の雫』の前に立ち、そっと手を置いて話し掛ける。
「今の話、聞いてただろ? 俺もお前と同じように元は魔石だったが、人化してこの姿になっている。俺達はお前を人化させたいんだが、どうだ? 俺達みたいに人型になって仲間になってくれないか?」
俺は青い魔石を勧誘する。
『……嫌だ』
……は? あれ? なんつった、今?
「ええーと。なんだって?」
俺は慌てて聞き返す。
『嫌だ、と言ったんだ』
「な、なんでだよ!!」
『……』
無視かよ……。
「アダマント様? 『夜の雫』はなんと?」
ルビーが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「……嫌だって」
「え!?」
俺が悔し気に呟くとルビーもサッと顔色を変える。
「はぁ……やはり、そうですか」
キューちゃんが困ったようにため息をついた。
「父上。実は『夜の雫』は以前から、外に出るのが嫌いで……。人間にいつも外に連れ出されることに辟易としていたようなのです。ここに来て以来、もう数十年経ちますが、絶対洞窟の外には出たくないと宣言しておりまして……」
俺は頭を抱える。……くっそ、引きこもりか。働きたくないでござるか。
――チッ、厄介だな。




