7話 よーし、石だけど子育てしちゃうぞー
しばらくすると、ついに卵に小さなひびが入った。
おお!! がんばれ!! 俺は小さな命にエールを送る。手伝えないし。とにかく応援するしかない。
卵は長い時間をかけて、少しづつひびを広げていく。耳を澄ますと、小さな「キューキュー」というかわいい声も聞こえてきた。
何だろう。この不思議な気持ち。これが父性の発現というモノだろうか? いや、俺って石だし、性別無いから母性でもいいのか? まあ、どっちでもいいが、とにかくまだ生まれてもいないこの卵がかわいくて仕方ないということは確かだった。
卵の一部の殻が外れて、小さなトカゲの鼻の先っちょが見えた。……ヤバい! か、かわいい♡
「キューキュー」
トカゲは一生懸命、小さな体で殻を割ろうとしている。
頑張れ! 頑張れ!
俺はとにかく応援する。
「キュー!」
小さなトカゲが一際大きく鳴くと、遂に殻が割れてコロン……と、トカゲの体が外に転がり出た。
生まれた!!!
俺はつい興奮して、体を光らせた。ふわふわと見慣れた虫たちが俺に寄って来る。
すると、その光につられて寄ってきた虫を、トカゲちゃんが“パクッ”と食べたのだ。
え!? トカゲちゃん! これ食べるの!?
おお、ならばいつでもご馳走してあげられるよ!! 俺が君を育ててあげる!!
……この日から俺の子育てが始まった。
俺はトカゲの子供に「キューちゃん」と名前をつけて可愛がった。
キューちゃんは賢い子だった。
俺が光ると餌の虫が寄ってくることをすぐに理解し、俺の近くから決して離れることはなかった。
「キューキュー」
更にはおなかが空いたときは俺に向かって、おねだりをするようになっていた。マジ、ウチの子、天才。末は博士か大臣か、将来が楽しみだぜ。
キューちゃんはご飯をいっぱい食べ、スクスクと大きくなっていった。
俺はキューちゃんを育てつつ、なんとか意思疎通ができないか試行錯誤していた。
――そしてついに光り方を変えることで、キューちゃんに俺が言いたいことを伝えることに成功したのだった。モールス信号的なやつだと思っていただければ良いかと思う。
まあ、言いたいことといっても非常に簡単な内容ではあるが。
例えば『ご飯だよ』だったら『ピカ・ピカー・ピカ・ピカ―』を繰り返す、とか。
例えば『こっちにおいで』だったら『ピカ―・ピカー・ピカ・ピカー・ピカー・ピカ』を繰り返すとか。
ピカピカっつってるけど、決してピ〇チュウではないぞ。光り方だからね。
しかし、こんな簡単なコミュニケーションだけでも、割と長いこと孤独な石生活を送ってきた俺にとっては、奇跡のような出来事だった。
俺が光るとキューちゃんは「キュー」と鳴きながら、光の点滅の意味を読み取り、俺の元へと嬉しそうにやってくる。もう本当にかわいくて仕方なかった。
キューちゃんとの生活は宝物のように幸せな時間だった。
ずーっとこんな生活が続けばいいのに……俺は強くそう願っていた。だが同時に、いつかは別れが来ることも覚悟はしておかねばなるまい、とも思っていた。
キューちゃんに愛着が湧くにつれ、別れを考えるととても辛くなった。
だが、キューちゃんももう少し大きくなったら、生き物の性として親離れをし、子孫を残すために伴侶を探しに行かねばならぬだろう。
……いや、仮に伴侶を探しに行かないとしても、生き物には寿命というものがある。俺とは違ってキューちゃんが年を取れば死という別れが必ずやってくるのだ。
幸せになればなるほど、増していく辛さというものもあるんだな、と俺ははじめて気が付いた。人間の時にすら、こんな気持ちになったことはなかったのに。石になってから知るなんて……と複雑な心境だった。
俺は石になってようやく、『限りある命の大切さ』という当たり前の事実を実感したのだった。
――ホント、笑えるわ。何やってたんだろーな、人間の頃の俺は。マジで命の無駄遣いをしていた気がするな。今更だけど。
「キュー?」
俺が少し落ち込んで光り方が弱まったのを見て、キューちゃんが心配そうに鳴きながら俺の近くに寄ってきた。
おお、慰めてくれるのか……。キューちゃんは優しいなぁ。
俺はキューちゃんを撫でてやる様に、柔らかい光を点滅させて『大丈夫だよ』と答えた。
キューちゃんは「キュー……」と安心したように鳴いて、いつものように俺の横に身を横たえてゆっくりと目を瞑った。
キューちゃんが眠っているのを見守るのも俺の役目だ。
俺はキューちゃんのくるりと丸まったかわいい寝姿を見ながら、寝ずの番を続けるのだった。