59話 次々と襲い来る敵
「ほお、なんだ? 坊ちゃん? 命乞いでもするか?」
顔に傷のある盗賊が下卑た笑みを浮かべて、前に進み出た俺を見下ろす。
「アダム君……ダメよ……殺されてしまうわ」
ルマティ部長が小声で俺を呼んだ。少し声が震えている。
俺はルマティ部長を安心させるため、少し笑みを浮かべる。
「……アダム君?」
ルマティ部長の言葉を手で制し、俺は盗賊に話し掛ける。
「お前達、何が目的だ?」
一応、俺達を襲う理由を聞いておこうかな。……殺す前に。
「あぁん? 目的だと? ハッ! テメー馬鹿か? 盗賊の目的と言ったらお宝か金か女に決まってんだろ!?」
そう言いながら、盗賊はルマティ部長とルビーに卑猥な視線を向けた。
はぁ。なんか想定通りだったな。聞く必要も無かった。
「あっそ。じゃあ、手加減は必要ないな」
俺は盗賊を睨む。
「アダム様。ここはわたくしが」
ルビーが前に進み出てきた。俺が戦闘態勢に入った気配を感じたようだ。
「いい。俺がやる。邪魔するな」
ルビーは俺の言葉を聞くと、頭を下げ、スッと無言で下がった。
殺す、と決めた瞬間――。久しぶりにどす黒い感情がドロリと沸き上がってきた。血が湧きたつ様な高揚した気分になる。
いつの間にか俺は口元に笑みを浮かべていた。
「テメェ! 何が可笑しい……!? おい!! 殺っちまえ!!」
顔に傷のある盗賊の命令で、後ろに控えていた盗賊達が一斉に俺に飛び掛かってきた。
「久しぶりに遊ぶぞ……シフ」
俺が風の精霊に呼び掛けると、フワフワと浮かぶ風の精霊が俺の周りに集まってきた。
そのまま前方に右手を伸ばし、シフ達に指向性を与える。
シフ達は嬉しそうに俺の指示した方向へ風の刃となって飛んでいった――瞬間。辺りに真っ赤な鮮血が美しく飛び散った。
「グアッ!」
「ギャア!!」
「うわぁぁああ!!!」
「痛ぇ!!!!!」
一瞬遅れて、盗賊達の絶叫がこだました。自分達の手足が無くなっていることに気付いたのだ。
シフの刃に切り取られ、剣を握ったままの盗賊の腕が舞い上がっているのを見つけ、俺は落ちてきたその腕を素早く掴む。
その握られた剣だけを奪い、腕を投げ捨てつつ、俺はシフの刃から逃れた盗賊達に切り込む。
「ちくしょう!!! このガキ!!!」
俺の剣を受けたのは、美しい湾刀を持った浅黒い男だった。見た目に似合わず、テクニカルな剣の扱いを心得ているような受け止め方だった。
コイツ、強いな。
俺の体にゾクゾクとした快感の様なものが沸き上がる。
「ダルジ!! やっちまえ!!」
顔に傷のある盗賊が、湾刀を持つ盗賊に命じる。
「分かっている!」
湾刀を持つ盗賊が、そう言って俺の剣を滑らかに受け流した。俺はすぐに態勢を立て直し、続けざまに袈裟切り、右切上げ、と斬撃を放つ。
湾刀を持つ盗賊は流麗に俺の剣の軌道を躱す。俺が更に踏み込んだ時、突然湾刀が閃き、俺に刃が向かってきた。
剣で受けるのは間に合わない。俺は顔に向かってきた湾刀を咄嗟に左手で受け止めた。
「……なんだと!?」
湾刀を持つ盗賊は驚きで目を見開いた。まあ、普通の人間なら左手切り飛ばされてるだろーな。
……けど俺、硬いし!! 石だけに!!!
そのまま、湾刀を持つ盗賊に止めを刺そうとした瞬間――。
「GYAUUUUUooooOOOOーーーN……!!!!!!!!」
と、突然耳を劈くような鳴き声が周辺に響き渡った。
辺りが一瞬にして影に覆われ、暗くなる。
「な……なんだ!?」
咄嗟に空を見上げる――。
……すると、太陽を背にして上空から巨大な翼を広げた、見たことも無いような大きさの生物がこちらに近づいてきているのが見えた。
「……うあ…」
「ま、まさか……そんな」
「ド……ドラコーヌ!!??」
誰かがそう言った瞬間、辺りは一瞬にしてパニックになった。
空から迫ってくる巨大な生物が放つ殺気の様なものは、普通の人間であれば無意識に死を覚悟してしまうような凶悪な気配を漂わせていた。
「うわああああああああ!!!!!!!」
残った盗賊達も蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
魔石クラブのメンバーは、次々に起こる想像を超える事態に、もはや動けない状態になっていた。
ドラコーヌらしき影が、大きく口を開くのが見えた。ビリビリと体中に何かの刺激が走る。
「ヤバい……!!」
よく分からんがとにかくヤバい! そう直感した俺は、ルビーに大声で指示を出す。
「皆を頼む!! ルビー!!」
俺は、みんなが立ち竦む場所と上空のドラコーヌの間を遮るように、シフを使って空中へ飛び上がった。
その時、ドラコーヌの口から吐き出された青い炎が一直線に俺に向かってくるのが見えた。
「シフ!!! もっと集まれ!!!!!!!!」
俺は力の限りシフを呼び集める。俺とドラコーヌの間に分厚い壁のようにシフを集めた後……。
「全部持っていけ!!!」
俺はシフ達に俺とドラコーヌの間に会った空気を一瞬で上空に運ばせて、ドラコーヌとの間に真空の壁を作り出す。
――瞬間、ドラコーヌから発せられた炎の燃える轟音がフッと消えた。同時に青い業火も真空の壁にぶつかった瞬間に消滅する。
そしてその一瞬後に、激しい衝撃波が俺を襲った。
「ぐっ!!」
俺は衝撃波で地面に叩きつけられる。
「アダム様!!!」
ルビーが俺の許へ駆け付けた。
「痛ってぇ……。って、皆は?」
「大丈夫です。私の炎で、今の衝撃波は防ぐことができました……ですが」
バサリ……バサリ……
ゆっくりと羽ばたく音が聞こえたかと思うと、俺達の目の前にドラコーヌらしき生物が舞い降りてきた。
「先ほどアダム様が防いだあのドラコーヌの青い炎は、防げないかもしれません……」
ルビーが珍しく弱気な発言をする。
「おお。あれはスゲーな」
俺は同意する。タイミングがズレたら俺だって防ぎきれる自信はない……な。
舞い降りたドラコーヌが、俺を視線で捉える。――うおっと、これはどうやら敵認定されちまったみたいだ。
ドラコーヌから半端ない殺気が俺に向けて放たれるのが分かった。
くっそー、あの青い炎が直撃したらさすがに熱いかな? まさか俺の体、溶けちゃったりとかしないよな?
「ルビー、お前は下がってろ。アイツの狙いは俺になったみたいだ」
俺は側に寄り添うルビーを押し退ける。
「しかし……」
「いいから言うことを聞け」
俺はルビーに有無を言わせず、命令する。
ドラコーヌが口を開くのが見えた。またビリビリと体中に刺激が走る。何なんだ……この感覚は?
そう思った瞬間、ドラコーヌから発せられる魔力が俺の魔力と似ていることにふと気が付いた。
……この感覚は……魔力が共鳴しているのか? けど、なぜ?
俺はドラコーヌの魔力の源を素早く探す。ソナーのように微弱な魔力をドラコーヌの全身に飛ばすとある一点から反応があった。……背中だ!!
その瞬間、ドラコーヌが二回目の青い炎を吐き出した――。
俺が避けたら、後ろにいる皆に当たっちまう……俺は腹を括って青い炎を全て自分の体で受け止めた。
青い炎に包まれながら俺は思う。
――なんだ。思ったより熱くないみたいだ。
俺は青い炎を纏いながら、ドラコーヌに近づいた。
……あの背中にある魔力の源泉はなんだ?
ドラコーヌは俺が近づいてくるのを見て、少し後ずさりして青い炎を吐くのを止めた。
……よし。
俺は炎が消えた瞬間、スッと素早くドラコーヌの後ろに回り込み、その背中に向かってジャンプした。
「あれは? まさか!?」
ドラコーヌの背中にあったのは黒く輝く美しい石の欠片だった――。




