挿話 山頂で見る夢
――ああ、またあの夢が始まる……。
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「あなた、怪我しているのね。ちょっと待ってて」
――こいつは何だ?
「これはよく効く薬草なの。これをこうやって巻いておけば……このくらいの傷ならすぐに治るわ」
――痛みが弱くなった。今こいつが何かしたせいか?
「ここ、あなたの家なのかしら? 勝手に入っちゃってごめんなさいね」
――この妙にうるさい生き物は何なのだろうか? いつも木の上にいるサルに少し似ているが。
「道に迷っちゃったの。少しだけ、ここに居させてもらっていいかしら」
――うるさいが、まあ放っておけばすぐに出て行くだろう。
「うーん。やっぱり言葉は通じないのかしら? あれ? 寝るの? 私、ここに居ていいのかしら?」
――うるさいな。
「じゃあ、私も寝ちゃおうっと」
――ん? 静かになったな。やっと眠れる。
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「あ、起きた!」
――まだ居たのか……こいつ。
「昨日の薬草、新しいのに変えてあげるね」
――まただ。コイツが傷にこの草を貼ると痛みが弱まる。
“ぐううう……”
「やだ、オナカ鳴っちゃった……」
――なんだ、今の音?
「はあ、おなか空いたなあ……何か食べるモノ探しに行かないと」
――おや? どこかに行くのか? まあ、いいか。これでやっと静かになる。
「この果実、食べられるのかしら?」
――ああ、なんだ。戻ってきた。洞窟の入り口の青い実を持ってきて何するんだろう?
「ま、とにかく、食べてみるしかないか。……はむっ」
――ああ、腹が減ってたのか。
「うう。苦い。美味しくない」
――ん? 吐き出した。
「はあ。なんだか気持ち悪くなってきた……」
――あれ? なんかこいつ顔が青くなってきたな。変なの。
「あの実。食べちゃダメなやつだったかしら。なんだかオナカも痛くなってきたし……」
――あれ? 寝たのか?
“ぐううう……”
「うう。オナカ空いた……オナカ痛い……私、死んじゃうのかしら……ああ、なんか涙が出てきた……」
――なんだ? まだ腹減ってんのか? うるさいなぁ……。ち、仕方ない。
「……ああ、ドラコーヌがどこかに行っちゃう。ドラコーヌにまで嫌われちゃうなんてね……ハハ、やっぱり私ここで死んだ方が良いのかも」
――これなら食えるだろ。コイツに似ているサルが良く食べてるし。
「え? なに? これ、カルルの実じゃない? え? くれるの?」
――うるさいな、早く食えよ。
「……美味しい。美味しいよぉ……ありがとうぉ」
――あ、全部食べた。やっぱりこれは食えるんだ。
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――あの小さな生き物はまだこの洞窟から出て行かないみたいだ。
「私の名前は、シャナよ。シャナ、シャナ、シャナ、シャナ、シャ・ナ!」
――何度も同じことを言っているな。
「……って、やっぱり通じないか。名前くらい覚えて欲しいんだけどなぁ」
――あ、もしかすると、この小さな生き物が『シャナ』ってことなのか?
「……シャナ?」
「うん。そう……って!? え? え?」
――なんだ。違うのか?
「シャナ?」
「そ、そ、そう! シャナ、シャナ、私、シャナ!」
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「ドラコーヌの周りにはいつも精霊が居るよね」
「セイレイ?」
「そう、このフワフワしたやつだよ。これがサラマでこっちがウンディ。で、それがシフ、これはノムね」
「サラマ、ウンディ、シフ、ノム」
「うん! そうそう」
――なるほど。こいつらをそう呼ぶのか……。
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「いままでありがとう。けど、私もそろそろ村へ帰るわ」
「そうか。ではこれを持っていけ、シャナ。お前ならこれを使えばサラマを集められるだろう」
「え? でもこれ……ドラコーヌがせっかく見つけてきた魔石なのに」
「気にするな。私が探している物ではなかったから必要ないのだ。持っていくがいい」
「……ありがとう!」
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「あの洞窟だ!!」
――ん? 何か外が騒がしいな……。
「見ろ! 魔石があんなにたくさんあるぞ!!」
――なんだ? この五月蠅いやつらは。シャナの仲間か?
「うあ!! ドラコーヌが居る!! シャナの言った通りだ!!」
――ああ。やはり、シャナの仲間か。
「お前たち、何をしに来た?」
「うわぁああ!? 喋った!? う、撃て!!」
――なんだ? なぜ、攻撃してくるのだ?
「おい。お前たち、シャナの仲間だろう? なぜ……」
――痛い……。
「よし!! 怯んでいるぞ!! 撃て撃て!! このドラコーヌを殺せば、あの魔石が全て手に入るぞ!!」
――ああ、そうか。こいつら……死にたいのか。
………
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………
――この夢は……もう見飽きたな。
『もうすぐお前の縄張りにまた敵が入って来るぞ』
――ん? 誰だ? 私の眠りを邪魔するのは?
『お前の眠りを邪魔するのはその敵だ』
――なんだと?
『お前の大切なものを盗もうとしている』
――大切なモノ? 本当に大切なモノはまだ……。
『敵を殺せ。あの時のように』
――やめろ、私は殺したくないんだ。
『敵を滅ぼせ。あの時のように』
――やめろ、私を怒らせるな。
『殺さなければ、お前が滅びるぞ』
――うるさい……うるさい……。
濃い霧の中で、真紅の双眸が光を宿した――。




