56話 合宿
その週末、俺達はヤジリカヤ山脈の麓に広がるヤジリカヤ領のバンドルベル家に来ていた。
ヴァナルカンドは一緒に連れてくる訳にもいかないので、少し心配だったが寮の俺の部屋に置いてきた。いい子で留守番しているようにしっかりと言い含めたつもりだ。
「魔石クラブの皆様! ようこそ、バンドルベル家へ! いやあ、こんなに早くアダム君とルビー君を我が家に招待することになるとは思わなかったよ」
トルティッサが大きな邸宅の玄関口で出迎えてきたので、俺達は一瞬呆気にとられた。
――っつーか、なんでお前もこっちに来てんの!? おまえ、魔石クラブの部員じゃないだろうが!?
俺がそうツッコもうと思ったその時、ルマティ部長が口を挟んだ。
「トルティッサ……。あなたは別に来る必要なかったのに」
呆れた口調で話す部長にトルティッサが笑みを浮かべて話す。
「姉上。私のクラスメイトが我が家へ滞在するというのに、私がホストを務めないでどうするというのですか! 例え姉上のご命令でも、そんな恥ずかしい真似、私にはできません!! それに、父上も丁度今は首都の宮殿でお勤め中でこちらにいらっしゃいませんし……お客人たちに不備があっては大変です!」
よく分からんが、俺達を歓迎してくれようとしているみたいだが……。
「……わかったわ。トルティッサ、確かにあなたの言う通りね。では父上に変わってホスト役をよろしくね」
ルマティ部長はそう言って、トルティッサに微笑んだ。……意外に仲良し姉弟なのか。
「さあ、まずはそれぞれの部屋に案内しよう! セバス! セバス!」
トルティッサの呼び出しで、壮年の執事的なオッサンがどこからともなく現れた。
「お呼びでしょうか。坊ちゃま」
「うむ。魔石クラブの皆様を部屋に案内してくれたまえ」
気取ったようにトルティッサがセバスのオッサンに指令を出す。
「承知いたしました」
セバスのオッサンは深々と頭を下げると、
「では皆様、こちらへどうぞ。荷物は後程使用人に運ばせますので、そのままで」
と言って俺達をそれぞれの部屋へ案内してくれた。
「部屋の確認が終わったらティータイムにしよう! 応接室で待っているよ!」
トルティッサが浮かれた様に言ってきたので、
「……お、おう。よろしくな」
とだけ答えておいた。なんで、あんなにワクワクしてんだよ。アイツは。
そして小一時間後、俺達は応接室で明日からの魔石発掘についての説明をアルヌ先生から受けていた。
ちなみになぜかトルティッサもその説明会に参加していた。こいつも来る気なのか?
「……と、いう訳で明日はヤジリカヤ山の中腹まで登り、この辺りで発掘作業を行う予定だ」
アルヌ先生は地図の様なものを広げ、地図の上を指し示しながら俺達に説明をした。
「ヤジリカヤ山脈の最高峰であるヤジリカヤ山は他の魔石の産地とは異なり、様々な種類の魔石が発掘される非常に稀な鉱山だ。ここで発掘作業を行わせて貰えるなんて、本当にありがたい! ルマティ君。君の御父上がお帰りになったら、ぜひ直接お会いしてお礼を言わせてくれたまえ」
先生は嬉々とした表情で話す。
「恐縮ですわ。……先生にお会い出来たら、父も喜びます」
ルマティ部長は少し赤い顔で返事をする。心なしかルマティ部長の先生を見つめる目に熱がこもっているような……。
俺はアルヌ先生とルマティ部長のやり取りを眺める。そしてその隣では、ムルタリス先輩が面白くなさそうな顔をしている。……ほほう、これは。
俺は魔石部のちょっとした人間関係を垣間見つつ、アルム先生の説明を聞いていた。
「魔石の発掘とはどのように行うのでしょうか?」
ルビーがそんな絶妙な人間関係などお構いなしに生真面目な質問をした。
「ああ、この風と水の属性を持つ魔石を取り付けたロッドで地盤を削るんだよ」
そう言いながら、先生は人数分の小さなロッドを取り出した。
「これもバンドルベル家から借りたものなので、丁寧に使用するようにね」
そう言って先生は皆にそれぞれロッドを配った。ロッドには水色と透明の小さな魔石が二つ取り付けられていた。
俺はまた間違って魔石を変化させてしまったらマズいので、魔石に手を触れないよう注意しながら受け取った。
同じようにルビーも魔石には直接触らない様にしているようだった。
「ああ、それと……」
アルヌ先生はもう一度、地図を指し示しクルリと指で丸を付けながら言った。
「今回、魔石発掘を許可されているのはこの区域だけだ。ここから外れた場所の発掘は禁じられているから注意するように。ヤジリカヤ山はまだまだ開発されていない場所も多く、一歩間違えるとすぐに迷ってしまうので。それに最近ヤジリカヤ山に盗賊が住み着いたという話もある。警備兵は付いて来てくれるが、決して油断をしないように」
と、先生がいつもとは違って少し厳しめに言ったので、俺達は真面目に頷いた。
「さあ、皆さん。それでは今日はもう夕食にいたしましょう」
ルマティ部長の合図で説明会はお開きになった。
その後、俺達は夕食を終えると、それぞれの部屋に戻った。
よし、明日は早朝から魔石発掘だ。晴れてくれるといいのだが……。
俺は小学校時代の遠足の前日の様な少しワクワクした気分で、窓を開けて空を眺めた。
月が綺麗に輝いていた。空には雲一つない。
うん、この感じなら明日も晴れそうだ! と思った時、庭先から聞き慣れた「クーン」という鳴き声が聞こえた。
「ん?」
まさかと思いながら、俺は声のした方向に視線を向ける。
すると見慣れた紫の狼が木の陰から俺を見つめていたのだった――。
「ヴァナルカンド!?」
俺が驚いて名前を呼ぶと、ヴァナルカンドが嬉しそうに尻尾を振った。
「おまえ……どうやって……!? 追いかけてきたのか!?」
とりあえず、誰かに見つかると面倒だ。
「……来い!」
俺はヴァナルカンドを呼んだ。
ヴァナルカンドは嬉しそうに尻尾を振りながら、ポーンと大きくジャンプをして窓から俺の部屋へと飛び込んできた。
「……ったく。留守番してろって言っただろ?」
小言を言われていると分かっているのか、「クーン」とヴァナルカンドは耳を垂れた。
「けど、来ちゃったもんはしょうがないか……」
俺はそう言って、ヴァナルカンドの頭を撫でる。追いかけて来てくれたことは単純に嬉しかった。
「いいか。明日も付いて来ても良いけど、皆には見つからない様にしろよ」
分からないとは思いつつも、俺は一応ヴァナルカンドにそう言う。
「ワン!」
と、ヴァナルカンドはひと声鳴いた。ワンって……犬かよ。
こうして予想外について来てしまったヴァナルカンドをモフモフしながら、俺は眠りについたのだった――。




