54話 演習室は燃えちゃったけど、クラブ活動は実施
結局、俺は紫の狼を寮の自室でこっそり飼うことに決めた。魔石への戻し方も分からんし。まあ、元魔石だから餌もいらんし余裕だろ。
名前も付けてやった。その名も『ヴァナルガンド』だ!
北欧神話に登場する狼の姿をした巨大な怪物『フェンリル』の別名で、『破壊の杖』という意味らしい(by ウィキペディア)
我ながらなかなかいい名前をつけたと思う。マジ、カッコいい。
ちなみに借りパク問題については……まあ、仕方ない。どうしようもなかった。不可抗力だ。スマン部長。暗殺者についての黙秘で許してくれ……と心の中で決着をつけた。
「じゃ、行ってくるからな。夜になったら散歩に連れてってやるから、大人しくしてろよ」
俺はヴァナルカンドにそう言い聞かせて、寮の自室を出た。
「くーん」
ヴァナルカンドは少し寂しそうな鳴き声を上げたが、俺は断腸の思いで部屋の扉を閉めた。なるべく早く帰ってくるからな。
「アダム様、おはようございます。ヴァナルカンド……で宜しかったでしょうか? あの狼は大人しくしておりますでしょうか?」
女子寮の方から、ルビーが早足でやってきて開口一番に聞いてきた。
「ああ。思ったより従順だし、ちゃんと俺の言葉を理解しようとしているみたいだ。アイツ、結構賢いかもしれん」
俺とルビーはヴァナルカンドの話をしながら、いつも通り教室に向かったのだった。
「やあ! おはよう! 昨日はお互い大変だったね」
……出やがったな。教室に入るとすぐにトルティッサが俺達の前に現れた。
「本当に!」「まったく!」「トルティッサ様にお怪我が無くてホッとしましたわ!」
三人衆もいつも通りの鬱陶しさだ。
「ああ、そういえば昨日、プライベートルームでカナンっての貰ったぞ。ありがとな」
一応、お礼は言っておこう。美味しかったし。
「いやいや! ほんの心ばかりのお礼さ!」
トルティッサの言葉に三人衆は叫び声を上げる。
「な!」「なんと!」「トルティッサ様! この者たちにカナンを!?」
五月蠅いことこの上ない。……トルティッサはこいつらと一緒にいて楽しいのか? とふと、疑問が沸き起こる。こいつらの鬱陶しさを受け入れているあたり、実はトルティッサは相当懐が深いのかもしれない……。
「ああ、そういえば、姉上から伝言を預かっているのだよ。 『今日のクラブ活動には二人とも必ず顔を出すように』とのことだ」
「……あ、そう」
やべえ。魔石のことバレちゃったかな?
俺は少し焦りつつも、平静を装ってトルティッサに返事をした。
――その日の午後、授業を終えた俺達は第五演習室へ向かっていた。
第三演習室は先日の爆発で使用禁止になっていたので、魔石クラブの活動はしばらくは第五演習室で行われることになったのだ。
“ガチャッ”
「遅かったわね」
俺達が演習室のドアを開けると、中からルマティ部長のセクシーな声が聞こえてきた。
「申し訳ございません。少し授業が長引いてしまいまして……」
ルビーがすぐに謝罪をし、理由を述べる。
「まあ、宜しくってよ。お二人とも、そちらへお掛けなさい」
ルマティ部長が少し沈んだ声で、俺達に着席を命じる。……魔石が無くなったからだろうか? 明らかに元気がない。
俺達が席に着くと、入れ替わる様にルマティ部長が立ち上がって話し始めた。
「さて、皆さん。今日は重大なお話があります。実は昨日の第三演習室の爆発に巻き込まれて、あのA級魔石が行方不明になってしまいました……」
ルマティ部長の言葉に、部員たちがざわつく。
俺とルビーも一応驚いているフリをする。
「お静かに……。目下捜索中ではありますが、現状では手掛かりも何もなく発見は困難かもしれません……」
ルマティ部長が悲痛な表情で語る。
――サーセン。そいつ今たぶん俺の部屋で昼寝してます……。
俺は少し痛む心を抑えつつ、ルマティ部長に心の中で謝る。
しかし、ルマティ部長はそこでキリリと表情を引き締め、大きな声を上げた。
「そこで!」
……そこで?
「新たなA級魔石を発掘するべく、次の週末にヤジリカヤ山脈へ向かいます。もちろんクラブ員は全員参加必須。アドバイザーとしてアルヌ教授にもご同行頂きます。実地での魔石研究は貴重な機会です。皆さん、心して参加するように!」
そう言うと、ルマティ部長は席に座った。
「しかし、ルマティ……。ヤジリカヤ山脈は危険なのでは……?」
いつもは寡黙な三年生のムルタリス・カマルユックが珍しく部長に意見した。2年生のマシュラ・カシュカもムルタリスの言葉に激しく頷いている。
危険……?
「心配無用よ、ムルタリス。私の父上にお願いして、警備兵を10名つけて頂けることになったの。万が一、盗賊が出ても軽く返り討ちに出来るわ」
ルマティ部長が自信満々に返事をする。しかし、ムルタリスは更に反論する。
「なるほど、盗賊であれば警備兵がいれば安心だろう……。しかし、ヤジリカヤ山脈にはドラコーヌが住んでいると聞いたことがあるが……」
……ドラコーヌってなんだ?
マシュラ・カシュカがまた激しく頷いている。しかし、ルマティ部長は高笑いを上げた。
「オホホホ……嫌だわ、ムルタリス! ドラコーヌだなんて、あなたあんなお伽話を信じているの? 心配しなくとも、ドラコーヌなんてヤジリカヤ山脈には居ないわ。もしお伽話ではなく、本当にドラコーヌが居るならば領主である我が家が知らないはずがないでしょう?」
ああ、そう言えばヤジリカヤ山脈がある場所はバンドルベル家の領地だっけ。で? ドラコーヌってなんだ?
「しかし、お伽話でも絶対に何か元になった事実が……」
「ムルタリス!」
まだ何か言おうとしているムルタリスの言葉をかき消すように、ルマティ部長が鋭く声を上げた。
「もしも、どうしても同行できないというのであれば、欠席は認めるわ。無理に参加したって学びにはなりませんからね。他の方ももし欠席したいのであれば遠慮なく言ってちょうだい……。さ、今日は他に出来ることも無いので解散にします。次の週末までクラブ活動はお休みにするので、それぞれ出かける準備や自習時間にあてて頂戴」
ルマティ部長の言葉で、今日のクラブ活動は解散になった。まあ、確かに第三演習室とともにクラブの備品なども全部爆散してしまったので、活動もままならない状況には違いない。
ルマティ部長が演習室から退室した後、俺はムルタリスに話し掛けた。
「ムルタリス先輩。先ほどお話されていたドラコーヌとは何なのですか?」
さっそく聞いてみる。ドラコーヌなんて、なんだか妙に厨二心をくすぐるワードをほっとく訳にはいかねえ。
「え? アダム君……キミ。ドラコーヌを知らないのかい?」
むしろ驚いた様にムルタリスが答える。俺が頷くと先輩はドラコーヌについて説明をしてくれた。
「ドラコーヌと言うのは伝説上の生き物で、ヘビのような、またはトカゲのような体と大きな翼を持つ怪物さ。高い知能を持ち、人語を理解し、魔法も使えると言われているんだ」
「なるほど」
前世でいうところの『ドラゴン』みたいなもんかな? 名前も何となく似てるし。
「そしてヤジリカヤ山にはそういうドラコーヌが住んでいたという伝説があるんだよ」
ムルタリスの言葉に俺は俄然テンションが上がる。
ほほぉ……なによ? そのいかにもな伝説は?
なんだかオラ、ワクワクしてきたぞ――。




