52話 プライベートルームで食事をする金持ちの石達
俺はとりあえず、第3演習室の方へ戻る。
「ああ! アダム君!! 良かった! 無事だったんだね!?」
アルヌ先生が中庭を歩く俺を見つけて駆け寄ってきた。さっきまでとは打って変わって、かなり蒼白な顔をしている。
「は、はい。爆発の衝撃で向こうの方に飛ばされまして……」
俺は咄嗟にそう言い繕う。
「怪我は無いかい? どこか痛むところは?」
幸いと言うかなんというか、さっき燃え盛る演習室内に飛び込んだおかげで、制服はいい感じに焦げたり、煤がついていたりして、俺の姿はどう見てもいかにも爆発に巻き込まれた風体になっていた。
「……俺は大丈夫です。それよりもルビーとトルティッサは……無事ですか?」
無事なのは知っていたが、自分よりも学友を心配する優等生を演じてみる。
「ああ……二人とも大丈夫みたいだ。……さあ、まずは念のため校医の先生に診てもらおう」
俺はその後、保健室のようなところでルビーとトルティッサに合流した。当然かもしれないが。あの暗殺者は保健室には居なかった。
「……あの覆面はどうしたんだ?」
念のため、俺はトルティッサに確認をする。
「恐らく、姉上のもとへ報告に行ったのだろう……いつの間にか居なくなっていた」
「そっか……」
なんて報告しているんだろうか……さすがに魔石が無くなったことにはまだ気づいていないだろうが……。
やべー……マジであの紫の魔石どうしようか。まさか、狼になって逃げちゃうとは思わなかったんだもんよ。借りパクする気は無かったんだけどなぁ……。
ルビーもおそらく紫の魔石の事を聞きたそうにしていたが、その後、三人ともアルヌ先生の教官室に呼ばれて色々を事情を聞かれたり、火を消し止められた第三演習室に戻って現場検証をさせられたりで、全然話す暇が無かった。
「……つまり、結局何が起きたのかは分からないってことか……」
俺達の証言を聞き終わって、アルヌ先生は頭を抱えた。
俺達はほとんど『扉を開いたら突然演習室が爆発した』……というようなことしか話さなかった。
口裏を合わせた訳ではないが、さすがに暗殺者を仕込んでいたと学院に知れたらルマティ部長の立場も悪くなるかもしれないと思い、トルティッサが口に出さないのであれば俺も暗殺者の事は言うつもりはなかった。
もちろん紫の魔石のことも、何も触れなかった。
結局、第三演習室爆発事件については、ひとまず原因不明とされ、その後の調査は学長管轄の調査委員会というものに任せられることになった。
とりあえずその日の聴取が終わり俺達がアルム先生の教官室から退出した後、トルティッサが
「すまない。君たちには借りが出来た」
と殊勝なことを言ったが、俺も脛に傷がある身なのでそこは軽く許すことにする。
「……ま、良いってことよ。部長によろしくな」
そして、A級魔石を借りパクしちゃってすみません。と心の中で謝る。
その後、トルティッサと別れて俺とルビーはすっかり暗くなった構内を歩きながら、ようやく少し話をした。
「アダム様、魔石の様子はいかがだったのでしょうか?」
人気が無くなるとルビーは待ち兼ねたように聞いてきた。……やっぱり気になってたよね。
「ちょっと、困ったことになったんだ……立ち話もマズいから、プライベートルームにでも行くか」
俺はそう言って、食堂の方へ足を向けた。
男女別になっているから寮に戻って話す訳にもいかないし、人に聞かれずに落ち着いて話せるところと考えればプライベートルームは便利だ。
実は俺達、金もメッチャ持ってるので、なんなら三食プライベートルームを使ってもいいくらいだ。
え? 金なんていつの間に持ってたのかって? あれだよ、ルビーが確保していたやつ。アダマント王国に攻めてきた時の帝国軍の軍資金がまだたっぷりとあるんだわ、これが。
ま、大食堂の方が人間観察出来て楽しいから、俺は基本的には大食堂を使うんだけどな。
俺達は食堂に入り、そのまま2階へ向かった。
「ようこそ、プライベートルームへ」
2階へ行くと、プライベートルーム専属のバトラーの渋いオッサンが俺達を出迎えた。
「ご利用はアダム様とルビー様のお二人で宜しいでしょうか?」
「ああ」
プライベートルームのバトラーは学院の学生全員の顔と名前を憶えていると、以前トルティッサが話していたことをふと思い出した。
転校してきたばかりの俺達のことすら既に把握済みってことか。……この学院の個人情報保護ポリシーは一体どうなってんの? こういう扱いに慣れていないザ・庶民の俺にとっては、便利さよりも、勝手に覚えられているという不気味さの感覚の方が強いわ。
俺達はそのままバトラーに案内されて、個室に入った。
バトラーはウェルカムドリンク的なシュワシュワした泡が出ている飲み物をテーブルに置くと、姿勢を正してオーダーを確認した。
「本日はコースになさいますか? アラカルトになさいますか?」
げ、こんな感じなの? メニューから選ぶんじゃないの?
「アラカルトで、今日のおすすめの肉料理をパンと一緒に持ってきてちょうだい。二人分ね」
慌てる俺を後目にルビーがさらっと注文するのを聞いて、ちょっと尊敬する。なんだ、このこなれ感は!!
「承知いたしました」
オーダーを受けて、バトラーは静かに部屋を退出した。
バトラーが退出したのを見届け、俺はさっそくルビーに紫の魔石を落ちだした後に起きた出来事を話して聞かせた。
「では、紫の魔石は狼の姿でどこかへ行ってしまったということですか……」
ルビーが険しい顔で呟く。
「ああ。……という訳で、俺はこれからあの紫の魔石を探しに行ってこようと思っている」
元の魔石の姿に戻せるのかは分からんが、放置しておくわけにもいかんだろう。
「わたくしも参ります!」
「……別にいいけど……」
俺達が一通り話し終えた後、バトラーが料理を運んできた。
「『特選国産バルトエル肉とフォラブルのロースト ヤジリカヤ風パテロと野生茸のクロカント 旬の彩り野菜 ハズル産モリーヌ茸とヴィンテージハッティルリ酒のソース』でございます」
そう言って、肉料理を俺とルビーの前に置いた。
……うん。なんだって?
「こちらはトルティッサ様からで……。ヤジリカヤで醸造されたカナンでございます」
そう言って、バトラーは赤い液体をグラスに注いでルビーと俺の前に置いた。
「は? なんでトルティッサ?」
俺が思わず口にすると、
「今後、お二人がプライベートルームへいらっしゃったときには、必ず提供するようにと申し付かっております」
バトラーが慇懃に答えた。
「……お礼のつもりなのでしょうね」
ルビーがそう言って、グラスを手に取り一口飲んだ。
「……まあまあですわね」
珍しくルビーがトルティッサのやることに嫌悪感を示さなかった。
「それでは失礼いたします。どうぞ、ごゆっくり」
バトラーは丁寧に頭を下げると、また静かに退室していった。
俺もさっそくグラスを手に取り、赤い液体を一口飲む。
芳醇な香りとともに、まろやかな甘酸っぱさを持つ液体が舌の上を転がる。
うん……美味いわ。カナンと呼ばれた飲み物は俺が今まで飲んだものの中で一番美味かった。




