50話 阿吽の呼吸
――紫の魔石に接する機会は意外にすぐにやってきた。
それは俺達が魔石クラブに入ってから三日後の事だった。
「そうか、君たちはまだ魔石ロッドを買ってなかったのか……いや、すまん。うっかりしてたなぁ」
アルヌ先生が頭を掻きながら困ったようにそう言った。
今日は二回目の魔石学の授業だった。
今日からは実技を行うと言うことで、みんな魔石ロッドと呼ばれる魔石のついた杖を持ってきていたのだが(入学式の時に一斉に購入したらしい)、俺とルビーはそうとは知らずロッドを持ってこなかったのだ……。
「いえ、申し訳ございません。そういえば前回の授業の終わりに先生がロッドを使うと仰っておりました。きちんと確認せず申し訳ございませんでした……」
ルビーがこの世の終わりの様な顔で先生に謝罪していた。
……ちなみに、先生が前回そんなことを言っていたかどうかすら、俺は覚えていない。
「まあ、今日は仕方がないから学校の備品を使おうか……。ええっと、このクラスの委員長は……トルティッサ君だっけ?」
「お呼びでしょうか? アルヌ教授」
勿体つけた返事で、トルティッサが立ち上がる。
――そこは普通に「はい!」でイイだろが……ってかコイツ、学級委員長だったの!? 大丈夫かよ、このクラス。
「ちょっと第三演習室に二人と一緒に行って来てくれないか? それで二人に合ったロッドを見繕って来てくれ。キミならわかるだろ?」
「ええ、承知いたしました……さあ、キミたち付いてきたまえ!」
トルティッサはそう言うと、キュっとターンをして教室の出口へと向かっていった。……なんか、うぜぇ。
「先に授業は始めているから、君たちはトルティッサ君に見てもらってロッドを選んできたまえ」
先生にそう言われて俺とルビーは仕方なくトルティッサのあとに従った。ルビーはとても嫌そうな顔をしていた。
トルティッサに見てもらう、とはどういう事なのかイマイチよく分からんが……まぁいいか。
授業中の為、廊下は俺達三人しか歩いていなかった。
「そう言えば。姉上に聞いたのだが、キミたち魔石クラブに入ったそうじゃないか?」
ふいにトルティッサが話し掛けてきた。……コイツ、どこでその情報を!! って今、姉って言った??
「……あ。セクシ……じゃなくて、ルマティ部長ってもしかして……」
バンドルベルって言ってたっけ……そういえば。
「いかにも、ルマティが我が姉だ」
ああ、でもなんかわかるぞ。そこはかとなく似てる気がするぜ……微妙にネジが外れてる感が。
「姉上は、『魔石クラブに期待の新人が入った』とずいぶん上機嫌でな……」
そう言いながらトルティッサが第三演習室の扉を開けた瞬間、驚くべきことが起こった。
“ザザッ……”
と音がしたかと思うと、突然、室内からナイフを構えた覆面の男が飛び掛かってきたのだ――。
「あぶね!!」
思わず俺はトルティッサの腕を引っ張る。――ナイフは空を切り、覆面の男が廊下に飛び出してきた。
覆面の男は、そのまま間髪入れずに俺達の方へ飛び掛かってくる。動きのキレが素人のそれとは全然違う。男の動きは明らかに戦闘のプロのものだった。
俺は咄嗟にトルティッサを横に押し退け、ナイフを握った男の左腕を右足で素早く蹴り上げる。
「!」
男は腕を蹴られた衝撃でナイフを離した。ナイフが回転しながら空を舞う。
俺は回転するナイフに素早く手を伸ばし、柄を掴む。
「!!」
男は驚いた様に一瞬目を見開いたが、すぐにどこかからもう一本のナイフを取り出して構える。俺達はそのまま動きを止め、睨み合った。
「アダム様!!」
ルビーが慌てたように俺の名を叫ぶ。
「大丈夫だ……トルティッサも大丈夫か?」
「ム……すまん。油断した」
俺の質問に対して、思いのほか冷静にトルティッサは返事をする。
「……なんなんだ? コイツ」
ナイフを持った男と対峙しながら俺が呟くと、トルティッサが意外な答えを返してきた。
「ふむ……姉上の飼っている暗殺者だな……」
……は?
その時、覆面の男がナイフを構え直してくぐもった声で答えた。
「その通りです……坊ちゃま。申し訳ございませんが、この部屋には何人もお通しすることはできません……お引き取りを……」
…………はぁ??????????????????
「おいおい……どういうことだよ? なんで学校内に暗殺者を仕込んでるんだよ、お前の姉は?」
「恐らく、姉上はこの第三演習室に何か重要なものを隠しているに違いない……!」
「はぁ?? 『違いない……(キリッ)!』じゃねーよ!! 学校で殺されかけるなんてねーぞ!!」
ああ、ダメだ。遂にトルティッサにツッコんでしまった……。くぅ……なぜか悔しいぜ。
しかし、当のトルティッサは俺のツッコミには答えず、前へ進み出て暗殺者に話し掛けた。
「ふむ。しかし、入室できないと彼らの魔石ロッドを入手できないのだが……。このあと魔石学の授業で使うのだ。すまぬがそれだけ取らせてくれないか?」
「申し訳ございませんが、ルマティ様の厳命ですので……」
トルティッサと暗殺者が、場の雰囲気と若干ズレたやりとりをしている間に、ルビーがこそっと俺に耳打ちをしてきた。
「……アダム様。部長の隠している重要な物とはもしや、あのA級の魔石では?」
「……だよな」
俺はルビーの言葉に同意しつつ、ちょっと考える。もしやこれは千載一遇の好機というヤツではないだろうか?
この暗殺者の人には悪いが、ここで少し騒ぎを起こしてドサクサに紛れつつあのA級魔石を借りればいいんじゃね? で、確認だけしてすぐに返せば大丈夫じゃね?
「ルビー。ちょっと演習室の端っこで爆発でも起こしてくれ。アイツらの気を逸らしている間に、あの魔石に話し掛けてみるわ……」
「……承知いたしました」
俺のざっくりとした指示に躊躇もせずに、ルビーは返事をした。
俺とルビーももはや長年の相棒のように、阿吽の呼吸で動けるようになったようだ――。
……なーんて考えたその瞬間、第三演習室は突然耳を劈くような爆音とともに、猛烈な炎に包まれた。
「ちょ、ルビー……」
全然、阿吽じゃなかったわ……。




