45話 そうだ、学校見学に行こう!
「……アダム様……あの……ありがとうございました」
赤い顔で俯きながらルビーが礼を言う。……おお、やはりこの顔の赤さは相当怒ってると見た。あぶねーあぶねー。
「ああ、よくぶっ飛ばさずに我慢したな。しかし、なんなんだ? あいつらは?」
俺がそう言いながらルビーの手を離すと、ルビーが少し「あっ」という顔をしたような気がした……が、すぐにルビーは表情を戻したのでその意図はよく分からなかった。
いつもの冷静な表情でルビーは顎に右手を添えて、考えつつ口を開く。
「トルティッサ・バンドルベルと名乗っておりましたが……。私の記憶ではバンドルベル家は帝国内でもかなり勢力を持つ貴族だったかと。皇帝にも近い家柄であるイスカムル家の我々に近づこうとしたのだと思います」
「……そうなのか。ランチ断っちゃったけどマズかったかな?」
俺が心配そうに言うと、ルビーが事も無げに答えた。
「イスカムル家の方が格上ですので大丈夫です」
……格上って。ルビーちゃん、あんまりそういう身分で人を貶める態度はいけませんよ? 人類皆兄弟……って、ああ、俺ら人類じゃなかったわ。じゃあ、ま、いっか。
「用事があるって言っちゃったし、とりあえず教室は出るか」
俺は小声でルビーに話す。
さっきのトルティッサとゆかいな仲間達と、俺達のやりとりを見ていた学生数人が、こちらをチラチラ見てくる。視線が痛いので、いいかげん落ち着いた場所に行きたい。
「はい」
ルビーが頷いたので、とりあえず俺達は教室へ出た。
今はお昼休憩中なので、恐らくほとんどの学生は既に食堂へと行ったのだろう。廊下を歩いている学生は思いの外少なかった。
ちなみに、俺達は石だけに特に食事をする必要がない。もちろん食べようと思えば食べられるとは思うのだが、別に必要性も感じないので俺とルビーはこれまでは特に食事をしたことがなかった。
でも、よくよく考えてみると、学生生活を送るうえで食事をしているところを一回も見られることが無いなんてありえないよな……。無駄なことだが食事は一応しておいた方がいいのか?
下手すると、便所飯していると思われる可能性も否めないしな。……そうだ! 貴族学校だし、実家からシェフを連れて来ていて部屋で食べているということにしたらいいのでは?
――いやいや、それこそ嫌味な奴だと思われてしまう。いかにも学院のメシがマズいと言っているようなもんだ。教師からの心証も悪くなってしまうだろう。
「アダム様、やはり何かご懸念があるのではないですか?」
ルビーが気遣わし気な表情で俺に話し掛ける。
おっと、また考え込んでしまっていた。
「……いや、さっきのランチの話でふと思ったのだが、学校生活を送る上でまったく食事をしないのはいささか不自然かと思ってな」
今度は素直にルビーに話す。
「ああ、なるほど。……確かにそうですね。そう言えばカリナドゥナもランチやディナーの時間を活用して、貴族たちの噂話を集めたり密談をしたりしておりましたわ。さすがはアダム様、少しの時間も無駄にせず情報収集に当てようとは……」
……うん? あれ? いや、そういうことでは無いのだけど……。またコヤツ勘違いをしとるが……ま、いっか。
「まあ、そんなところだ。けどまあ、それはおいおい考えるとして……とりあえずは学校見学でもするか」
「はい。承知いたしました。ご案内は任せて下さいませ」
俺の言葉を聞いてルビーがニッコリと返事をした。その返答に疑問を感じ、ルビーに訊ねる。
「お前が案内? 学校の中に詳しいのか?」
「はい! 私がカリナドゥナの持ち物だった頃、カリナドゥナはいつも私を携帯して学院に通っておりましたので」
ああ、そういうこと。しかしその返答に対して更に疑問が湧いてくる。
「携帯って……お前、結構大きい石だったよな?」
握り拳以上の大きさがあった気がするぞ。あんなデカい宝石みたいなもんをいつも持ち歩くってどうやって? ネックレスとか指輪とかの装飾品にできる大きさでもないだろうし。まさか、あの大剣のままの訳ないだろうし。
「ロッド……魔法を使う時の杖の先端に私を取り付けていたのです。さすがに魔法を使う時以外は杖はいつも付き人に持たせていましたけれども」
「ああ、なるほど」
ルビーの答えに俺は納得する。そうだよな、持ち主は金持ちだったな。自分が持たなくとも、人に持たせればいいのか。さすが人遣い荒いな。
「では、まずは図書館をご案内いたしましょうか。図書館とは様々な貴重な書物が置いてある場所です。書物の持ち出しは禁止ですが、学生であれば閲覧は可能です。情報収集をするのであれば、最も使える場所かもしれません」
へえ、図書館なんてあるのか。そもそも紙が貴重だから、本なんてあんまりないと思ってたわ。確かに図書館があるなら、役に立つ情報がありそうな気がする。
「よし、じゃあそこに案内してくれ」
こうして俺達は連れ立って、図書館へ向かったのだった。




