42話 暴れていたら人助け
俺達はイスカムル領へ向けて、軽快に馬車を走らせていた。
「私は元々、イスカムル家から先々代のハッティルト皇帝ハッティルリ二世に輿入れした『カリナドゥナ・イスカムル』という女性の持ち物でした」
俺は道中イスカムル家についての話をルビーから聞いていた。そもそも貴族の名前を借りるなんてそんな簡単に出来るのだろうか? という疑問もあった。ルビーは交渉すると言っているが……。
「ハッティルト帝国はハッティルリ二世の先代ハッティルリ一世の建国した国です。そしてカリナドゥナは帝国成立の立役者であるファラムナ・イスカムル将軍の長女でした」
どうでもいいが、ハッティルト人たちの名前の語感に馴染みが無くてびっくりするほど覚えられない。
むぅ……皇帝の名前はとりあえずハッティ①ハッティ②と覚えておこう。ルビーの持ち主はカリナだな。フムフム。
そんな話を聞きながら、細い山道に入った時だった
「ぎゃぁぁぁああ!!」
前方から突然、大きな叫び声が聞こえてきた。
「……どうしたのでしょうか?」
ルビーが話をやめて、馬車の速度を落とす。耳を澄ますと、争うような声や馬の嘶き、武器がぶつかる金属音の様なものが聞こえてきた。
「荷物を奪え! 奴隷は生かしたままにしろ! 他の奴らは皆殺しだ!!」
しゃがれた様な男の声が聞こえる。
「盗賊の様ですね……戻って違う道を探しますか?」
ルビーが冷静に俺に指示を求める。
――ずっと一本道だったし、戻って違う道を探すにしても随分遠回りになりそうだからなぁ。
「いや。面倒だからこのまま行こう。こっちに襲いかかってきたら戦おう」
「分かりました」
ルビーは特に表情も変えずにそう言うと、そのまま馬車を進ませた。
少し進むと、木が途切れて少しだけ広くなっている広場のような場所で、一台の馬車が盗賊に襲われていた。
襲われていたのはいわゆる牢馬車で、馬車の外に居た奴らはすでに切り捨てられ、牢の中にいる十人程の人間達は固まって震えていた。
……へぇ、あの傭兵達の言った通り、帝国内にも盗賊はいるんだな。
と変な所に感心する。
「おい! 待て!!」
俺達の馬車に気付いた馬に乗った盗賊が数人、進路に立ち塞がる。……邪魔だな。
またまたイラつきが心に湧いてくる。
「馬車が巻き込まれぬ場所に停めておきます……」
俺が殺気立ってゆらりと動いたのを察知して、ルビーが言った。
「ああ」
俺は短く返事をすると、走る馬車の御者台からジャンプして盗賊の一人に飛び掛かり腕で首を絞めつつ馬から叩き落とした。不意を喰らって、地面に体を強打した盗賊は「ぐわ!」と叫んで、ぐったりとする。
「行け、シフ!」
俺はぐったりした盗賊の剣を奪い、大きく腕を振ってシフに方向性を伝え、残りの盗賊達に向けて風の刃を飛ばした。
一瞬で俺の近くに居た盗賊たちは見えない凶刃に命を奪われる。生き残った盗賊たちも何が起きたのか理解できないようではあったが、しかし命の危険を感じたのだろう。悲鳴を上げながら逃げ出し始めた。
「逃げるなよ。つまんねーだろうが」
俺はタンッと地面を蹴って、主を無くした盗賊の馬に乗ると逃げ出した数人を追いかけつつ、もう一度前方にシフの刃を放つ――。その直後、数人がバタバタと落馬した。
「くそっ!!! ナメやがって!!!!」
撃ち洩らした一人がそう絶叫すると、くるりと方向転換をして剣を構えて向かってきた。
お、血の気が多くていいね――。俺はニヤリとして、向かってくる盗賊の剣を真正面から受けた。
“ガッキーンッッ……”
甲高い金属音が響き渡り、両方の剣が折れた。その直後、驚いた顔をした盗賊の顔面を空いた左手で思い切り殴りつける。
“ミシッ……”
という鈍い音がして、向かってきた盗賊はズルリとゆっくり落馬した。
「うわわ!!」
再び逃げ出した3人の盗賊にも背後から首を狙ってシフの刃を飛ばす。上手く首には当たらなかったが、三人ともズタズタになって滑るように馬から落ちた。
盗賊達が全員倒れると、途端に辺りはシーンとなった。
「ブルルル……」
馬が鼻を鳴らす音だけが聞こえる。そして、いつも通り俺のイラつきはすっかり消えていた。
……ヤべー。戦うのが楽しいわ。俺、どうなっちゃったんだろ……。
などと考えながら元の場所に戻ると、宣言通りルビーが大きな木の陰に馬車を停めて、俺の帰りを待っていた。
「お疲れさまでした、アダ……ム様。ところで、この人間達がどうやらアダマント国から連れてこられたそうなのですが、いかがいたしましょうか?」
「アダマント国から?」
俺は牢馬車の中で震える人間達を流し見る。よく見れば若い女ばかりだ。俺の視線を感じると女達は怯えた様に皆顔を伏せた。
「はい。奴隷としてハッティルトに連れてこられたようです。ハッティルト帝国は奴隷制度がありますので、敗戦国から奴隷を連れてくるのはよくあることなのです」
「そうか」
うーん。置いていく訳にもいかないし、連れていく訳にもいかないしな。
「アダマントへ帰らせることはできるか?」
俺の質問にルビーは少し考え込んでから答えた。
「ハズル国との検問をどう通らせるかですが……。……そうですね。たとえば、先ほどの売買許可証を渡してしまっても宜しければ、通過できると思うのですが」
ルビーの案に俺はOKを出す。
「ああ、俺達はもう使わんだろ? 渡してもいいぞ」
「それでは、そのように」
ルビーはそう言うと、牢馬車の所まで行き鍵をぶっ壊して(!)、中に居た一番年長らしき女性に何かを説明していた。
俺は薄着の女の人たちがいっぱいいるところに近づくのに躊躇し、馬車の中でルビーを待った。
身なりで怪しまれる可能性があるので、商品として持ってきた衣料品も女たちに渡すとルビーが言ったのでそれもOKをし、一通り旅装を整えてやった。
別れの際、一番年長の女性がわざわざ俺のところまでお礼しに来た。
「本当にありがとうございました……。この御恩は一生忘れません」
と言って深々と頭を下げるので、俺は気恥しくなってボソッと返した。
「……いや、別に忘れてもらって構わないから」
こうして俺達は女性達と別れを告げ、引き続きイスカムル領へ向けて馬車を走らせるのだった――。




