40話 喧嘩っ早い石
次の日、また俺の部屋にエルねーさんがやってきた。早くも俺の服を仕立ててくれたようだ。早いな! 夜の蝶は伊達じゃないようだ。
「うふふ。やっぱり素敵な人の服を作るのって、楽しいわよね~」
なんて言いながら、持ってきた服をさっそく俺に着付ける。この世界の服は、体に巻き付けて着るタイプの服だから、慣れないと着替えるのがなかなか難しい。
棒立ちの俺にエルねーさんは手際よく服を巻き付ける。服を巻き付けながらも、やけに胸を押し付けてくるような気がするけど、ええぃ! 必殺気付かないフリだ。
「あの、私が着付けますので」
急にルビーが引き攣ったような笑みを浮かべながら、エルねーさんを押し退けて俺の着付けに参入する。
「チッ……けど、お嬢さんには難しいんじゃないかしら?」
エルねーさんの舌打ちが聞こえた様な聞こえていないような……。なんだ、この緊迫感!?
「ご心配無用ですわ」
ルビーはエルねーさんから着付けの座を奪い取ると、手早く俺の服を整え始めた。普通に上手だ。やるじゃん、ルビー。
最後に、ベルトの様なものを腰に締めて着付けは完成。
「出来ました」
「あら~あらあら。やっぱり似合うわぁ。素敵……。ねぇ?」」
エルねーさんが、ほぅ……とため息をつきながら言った。
「はい。とてもお似合いです!」
ルビーは目をキラキラさせながら俺を見つめる。……なんだかこそばゆい感じ。
エルねーさんは満足げに頷きながら、また俺の肩の部分を艶めかしく触り布地を整えながら言う。
「ハッティルトまで行商に行くって言うから、耐久性のある生地で作ってみたのよ。着心地はどうかしら?」
「……悪くない」
いや、ほんと。さっきまで着ていた布地はごわごわだったけど、これはスルスルしてる。結構いい生地なんじゃね?
しかも、素人の俺が言うのもなんだけど、デザイン的にもなんだかカッコいい。エルねーさんはなんだかんだ、腕はいいのかもしれない。
その後も持ってきてくれた数着を試着させてもらい、問題ないことを確認してルビーがエルねーさんに金を払う。
「ハッティルトでの用事が終わったら、またうちの店に寄って頂戴ね♡」
なんて、商売人的なことを言ってエルねーさんは嵐のように去っていった。
「買い出しは全部終わったのか?」
まだ何かあれば、手伝おうかな……と思って俺はルビーに確認する。
「はい。服も出来上がったので、これで最後です。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。下に馬車を付けておりますので、早速出発いたしましょう」
おおふ。マジで? もう全部終わっちゃったの? もしかしてルビーちゃんってデキる子なの?
外に出て見ればルビーの言った通り、1頭の馬に引かせた馬車が宿の前に止まっていた。馬車を運んできた業者らしきおっさんがルビーを見てペコリと頭を下げた。
「荷物は全部馬車に入れておきましたで」
「ありがとう」
ルビーはそう言って、業者のおっさんから手綱を受け取り俺の方を向いた。
「お待たせいたしました。出発いたしましょう」
馬車の中を見ると、何やら荷物がいっぱいだ。あ、そっか商人に変装するって言ってたから、一応商品なのか、これは。
俺は御者台に座るルビーの隣に乗り込む。
「お前、馬車なんて操れるのか?」
俺が聞くと、ルビーはニッコリと笑って答えた。
「はい。昨日、先ほどの馬車業者に教えて頂きました」
初心者やん! 若葉マークつけなあかん!!
しかし俺の心配は杞憂だったようで、とっても上手にルビーは馬車を御した。
……こやつ! 何をやらせても器用に出来る系か? ルビー恐ろしい子!(白目2回目)
ルビーの初心者とは思えぬ手綱さばきで、俺達はあっという間にハッティルト帝国との国境まで辿り着いた。
さすがに帝国領に入るための国境は警備が物々しい。至る所に兵士が立っており、怪しい動きをする者に目を光らせている。ハズル国のザル警備とは雲泥の差だ。
俺達は検問の列に並ぶ。1グループあたりのチェック時間が長いようで、かなりの長蛇の列だ。
「時間が掛かってしまいそうですね……」
ルビーが前方を伺いながら呟く。
「そーだな」
俺はあくびをしつつ答える。あくびなんて久しぶりにしたわ。
その時、急に野太い声が聞こえてきた。
「へへ! ねーちゃん! 行商か!? ハッティルトに行くなら俺らを雇わねーか?」
前に並んでいた傭兵らしき男3人組がニヤニヤしながら、ルビーに話し掛けていた。
――なんだ、こいつら?
俺が睨んでいるのに気づいて、浅黒い肌の男の一人が揶揄うように言う。
「おぅ、なんだ? にーちゃん? 文句でもあんのか? にーちゃんじゃ帝国に入ってもすぐに盗賊にやられちゃうぜ?」
「あ?」
若干イラっとして声のトーンが落ちる。
「……アダマント様……あまり騒ぎを起こすのは……」
俺の殺気を感じて、ルビーが小声で俺に囁いた。
「おお、こえー目つきだなあ? けど、商人の馬車なんてすぐに盗賊の餌食だぜ。悪いコトは言わねえ、俺らを雇いなって。なあ、ねーちゃんも盗賊に襲われんの嫌だろ? 俺らが守ってやるぜ」
もう一人の長髪の男がそんなことを言いながら、ルビーの太ももに手を置いて撫でまわした。
その瞬間、俺のイラつきが一気に頂点に達し、気が付くと長髪の男の顔面に自分の右手がめり込んでいるのが見えた――。




