37話 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ
「――なるほど、では帝国は魔石の研究をしていて、魔石が道具として利用されているって訳か?」
俺はルビーから帝国についての話を聞いていた。
なぜピトーハが自分の意思で魔法を使ったように見えたのか、気になったので質問したのだ。
ルビーの力を利用していたことは分かるが、自由にルビーの力を使えていた理由が分からずモヤモヤしていた。
「はい。詳しくはよく分かりませんが、我々をある金属に一体化させると、人間にも我々の力を引き出すことが出来る様なのです」
なるほどこの大剣がその特殊な金属で作られている訳か。
俺はルビーが嵌っていた大剣を手に持ち、まじまじと観察する。一見、普通の鉄っぽく見えるし、どこが特別なのか全然分からない。
「私の知る限りでは、私と同等くらいの力を持つ魔石は帝国にあと2つあるようです」
「……意外に少ないな」
でも、もしかしたらそいつらもルビーみたいに仲間に出来るかもしれないな。俺は少し他の魔石にも興味が湧き始める。
「はい。ある程度の力を持つ魔石は希少だということで、私も厳重に保管されておりました。今回、同じく魔石を持つアダマント王国を攻め込むということで、特別に帝国の第一皇子であるピトーハに私の使用許可が出たのです」
「ほう」
アダマント国の魔石ってのは俺の事だろうなと思いつつ、大剣を眺めながら頷く。
「ちなみに、我々よりも力の弱い魔石も帝国にはたくさん集められていました。それらは魔法使いと呼ばれる職業の者達の武器に取り付けられて、帝国内である程度流通しているようです」
「魔法使い?」
俺は少し興味を持って聞き返した。なんだよ、そのファンタジーな職業は。
「はい。その名の通り魔石の力を利用して戦う者たちです。先ほどの帝国軍の中にも何名かおりましたが……お気づきにはなられませんでしたでしょうか?」
え? そんな奴ら、居たっけ?
俺は全く思い出せず。黙り込む。
「も……申し訳ございません! 言葉が過ぎました!」
俺が黙り込んだのを見て、ルビーが慌てて平伏する。
ちょ……だから、平伏とかしちゃダメだって! オッパ…ゲフンゲフン……胸元の深淵がこちらを覗いてくるってば!!
「思い返してみれば、魔法を使う前に貴方様が倒してしまいましたから……。お気付きになられないのも無理からぬことかと……お許しくださいませ」
いやいや。……心外だなぁ、その程度のことで俺は怒んないよ。
と、思ったけど、言い訳がましく聞こえるかなぁ……とか一人で悶々と考えた上で、やっぱり余計なことは言わないことにした。深淵に覗かれたせいで、声が震えちゃいそうだし。
「……帝国に行ってみるか」
ルビーの言葉に答えぬまましばらく考えた後、俺は呟いた。
「は! ご案内させていただきます!」
ルビーが俺の言葉を拾って答える。
本当はこの後すぐにでも『神』とやらを見つけてぶっ殺してやりたいところだが、どこにいるか分からんからな。
さっき確かピトーハが、神のお告げがなんちゃらって言っていたし、『神』について帝国に何か情報があるかもしれない。ついでに他の魔石を探しに行くのも面白いかもな……俺はそんなことを考えながら、立ち上がった。
――立ち上がった俺の目に映ったのは廃墟と化し、静寂に包まれたアダマント国の都の姿だった。
俺はレオの亡骸のある場所まで足を運ぶ。思いの外綺麗なまま、レオの遺体はそこに残っていた。
俺はレオの遺体に静かにサラマを放った。青い炎が一瞬でレオの体を包んだのを見届けて、俺は踵を返す。
――アダマント国は滅びた。
すまんな。シャル、レオ、デュオル、リムシュ……。お前たちとの思い出の場所を守り切ることが出来なかった。
俺が関わったせいで、あいつらの運命を変えてしまったのかもしれないが、俺にはそれが悪いコトなのかどうなのかは分からん。
けれど少なくとも俺の立場だけで言えば、あいつらに出会うことが出来て本当に良かったと思っている。
とりあえず、あいつらが頑張って作り上げた王国をぐちゃぐちゃにしやがった『神』って奴には必ず復讐してやるからな。それが俺に出来るあいつらへの手向けだ。
「おい、ルビー。この都を綺麗に焼き払え。全て土に還すんだ」
俺はルビーにそう命令して、都から旅立つことを決めた――。
その後、アダマント王国の滅亡と、アダマント王国を滅ぼしたはずのハッティルト帝国軍が全滅したことは時間とともに周辺国中に広まっていった。
しかし、なぜハッティルト軍が全滅してしまったのかは、目撃者が一人も残っていなかったこと、また現場であったアダマント王国の都が非常に強い火力で焼かれてしまっており検証できる遺物もあまり見つからなかったことから、歴史の謎として長く歴史学者たちに議論されることとなったのだった――。




