34話 当たらなければどうと言うことは……いや、当たったよね?
「……これが、アダマントの魔法……恐ろしい物だな……」
一瞬にして帝国軍が陥った惨状を見て、少し震える声でレオが呟く。
――しかし、俺は草原の帝国軍を見て、違和感を覚えた。
『……パニックが治まるのが早い……?』
今の攻撃で随分と戦力を削ったはずだ……。しかし、思ったよりも帝国軍の陣形は乱れず、士気もあまり落ちていないようだ。広がった動揺もすぐに戻り始めているように思える。
――なんだ? なぜこんなにすぐにパニックを抑えられる?
俺は帝国軍の動きをざっと見渡し、中心となっている部分がどこかを探す。……すると自然と、軍の中心から少し前方に視線が吸い寄せられた――。
立派な鎧を着た騎士が大きな剣を掲げて、兵達に向かって何かを言っている。その騎士を中心として軍の動揺が治まっているのが手に取る様に分かる。
『……アイツが指揮官か……優秀だな』
俺はそう呟くと、もう一度集中しシフを集める。
あの指揮官を潰す――。
俺は一点集中で指揮官を狙う。うまく当たるか分からんが、アイツが倒れれば一気に帝国軍が崩れる可能性が高い。
シフに指向性を与え、指揮官に向けて飛ばす――。複数の風の刃が“ヒュン……”と空気を切り裂く音を立てて指揮官に襲い掛かった。
『よし!!』
俺は狙い通りの場所にシフの刃が飛んでいくのを見て、思わず声を上げる。やはり俺はノーコンではない!!
しかしその瞬間、騎士が想定外の動きをしたのだ――。
突然、右手に持っていた大剣を掲げ、何かを叫んだのだ。
“バチンッ――”
大きく弾ける様な音がして、俺の飛ばした風の刃が大気中に四散した。
――指揮官には傷一つ付いていないようだ。
『なんだと……』
俺が驚いていると、今度はその指揮官がまたあの大剣を掲げた――。俺の驚きが更に大きくなった。
指揮官の周りに火の精霊サラマが集まり始めたのだ……!
まさか……そんな……!!
俺は一瞬にして、ある可能性に気付く。
『……マズい!! おい、レオ!! 城から撤退しろ!!!』
「え!?」
レオが唐突な俺の言葉の意味が分からず、戸惑ったように俺を見つめる。
『帝国軍に魔法を使える奴がいる!! サラマが来るぞ!!!!』
しかし、撤退には到底間に合わなかった。
“ズンッ――!!”
と城が揺れたかと思うと、帝国軍から城下町を越えてこの城まで一直線に青い火柱が立ち昇った。それと同時に強烈な熱波が俺達に襲い掛かった。
一瞬にして宮殿の周りは煉獄の炎に包まれていた――。
宮殿の外を守っていた兵士たちが次々と火に飲まれていく……。
『くそっ!!!』
俺はすぐに水の精霊ウンディを集め、上空へ放つ。少しして、上空に広がっていた暗雲から滝の様な雨が降り出した。
サラマの動きが鈍り、都の火の勢いが少し弱まった――。
すると今度は都を囲んでいた帝国軍が進軍を始めたのだ。
『……このまま宮殿を落とす気か!!』
くそ! くそ! ここまで俺の魔法が役に立たないとは……!! 俺は自分が魔法の力を過信していたことに気付かされる。
帝国がアダマント国を攻めてきた時点で俺の魔法に何らかの対策を考えてきていることは、当然思い至るべきだった。……俺も平和ボケしてたってことか。
苦い後悔が体中に広がる。
「……アダマント、すまない。儂の作戦ミスだ……考えが浅かった」
レオが腰の剣を抜きながら、俺に謝った。
『お前のせいだけじゃねーよ。俺も自分の力を過信してた……』
この戦は負けだ……。俺もレオもお互いそう思っていただろうが、口には出さない。
「しかし、諦めはせん。女王に託された大事な国だからな。最後まで守り抜くぞ……」
レオは決意した目でそう宣言した。
『当たり前だ……』
レオの手は既に俺から離れていたからもはや声は聞こえないだろう。しかし、俺はレオの決意に返事をした。
その直後、俺達の居たベランダに帝国兵が雪崩れ込んできた。
「アダマント国王レオだな!?」
剣を突きつけて帝国兵の一人がレオに迫る。
「いかにも、儂がレオだ」
レオは静かに剣を構えて、名乗った。
「その首、頂戴する!!」
帝国兵が叫んでレオに斬りかかった。俺はすぐにレオの援護ができるようにシフを集める……が、その必要は無さそうだった。
レオは帝国兵の剣を自らの剣で滑らかに受け流し、態勢を崩した兵の肩を逆袈裟で斬った。
「ぐっ!!」
斬りかかってきた帝国兵は顔を歪めて倒れ込んだ。
続けざまに後ろに控えていたもう一人の帝国兵がレオに向けて剣を振り下ろす。レオは躱し切れず、自らの剣で受け止める。甲高い金属音が辺りに響いた。
鍔迫り合いから、一瞬のスキを付いてレオが相手の剣を跳ね返し、素早く相手の脇腹を切上げる。
「うあ!!」
鮮血をまき散らして、帝国兵は床に倒れ込んだ。
レオの剣の腕を見て、控えていた帝国兵の攻撃が一時止まる。しばらくの間、にらみ合いが続いた。
「……道を開けろ」
その時、レオを囲む帝国兵の後ろから低い声が響いた――。その瞬間、人垣を割る様にしてあの大剣を持った騎士が現れた。
その時、俺の周りにいたシフ達がフワリとどこかへ飛んで行ってしまった。……シフに対する俺の命令を誰かが妨害しているように感じる。この騎士の仕業か?
騎士はレオの前に進み出ると、笑みを浮かべて名乗った。
「我が名はピトーハ。ハッティルト帝国第一皇子である。……レオ王よ。大人しく降伏するがよい。さすれば城内に残る者たちは助けてやろう」
「……本当か?」
ピトーハの言葉を聞いて、レオが少し剣の構えを緩めた――その刹那、レオの胸にあの大剣が突き立てられていた。……それは、一瞬の出来事だった。
「嘘に決まっているだろう? ……城に居た奴らはもう全員殺したよ」
ピトーハが醜悪な笑みを浮かべて、レオに言った。
「カハッ……」
レオは咳き込む様に血を吐くと、俺の目の前で崩れ落ちるように倒れた。……レオの体から暖かい血が流れだし、俺の足元に溜まっていった――。




