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32話 女王様の決意


「……レオに王位を譲ろうと考えているの」


シャルがそう切り出したのは、レオが二十歳になった日の夜であった。


シャルには後継ぎがいなかった。俺のペンダントの影響で年を取らないシャルには後継ぎは必要ないと思われていたのだ。つまり、永遠にシャルが女王を務めるものだと俺も含めて国中の皆が思っていた。


なので、シャルがいくら縁談を断っても、皆、心配することはあっても強制をしたりすることはなかったのだ。


ちなみにシャルが王位についてから他国の王族などから幾度も縁談の話が来ていたのだが、それらをシャルは全て断っていた。そして、ついには


「私はアダマント王国と結婚をしています」


と公言して、各国からの縁談をシャットアウトしたのだった。


お前はエリザベス一世かよ!! と突っ込みたくなったが、誰も知らないので心の中だけで呟いたのはココだけの話。そしてこっそり、シャルに処女王と渾名を名付けたのもココだけの話。


まあ、そんなわけでシャルに後継者が居なくても、取り立てて問題とはされていなかったのだ。


『え?』


なのでその言葉を聞いた時、俺は一瞬言葉を失った。


『……どうしてだよ?』


ようやく絞り出すようにして理由を尋ねる。




「……生きるのに疲れちゃった……」


沈黙の後に、ボソッと呟いたその理由は単純であるがゆえに、非常に重い一言だった。


『……そっか』


俺はただそうとしか答えられなかった。しかし、こういう日がいつか来るのではないかと恐れていたことでもあった。


「……アダマントのペンダントもレオに渡すわ」


シャルが決意を込めた声で呟く。


……それは別れの言葉であった。俺との、自分の命との。


『……止めても無駄か?』


シャルの重い決断に俺が反対することはできなかったが、少し考え直してくれるだろうかと微かな期待を込めて聞いてみる。


シャルは静かに首を振った。


「……ずっと一緒にいられなくてゴメン。相棒失格だね」


震える声でシャルは言った。


シャルの瞳からは涙が零れていた。……それは俺が初めて見たシャルの涙だった。


これまでどんなに辛いことや悲しいことがあってもシャルは決して泣かなかった。過酷な人生を送る内に、泣いている暇があるならいかに前に進むべきかを考える、といった癖のようなものが付いていたのだ。


そのシャルが泣いている。――この決断がどれほど重いものだったのかをまざまざと見せつけられたようだった。


『ばっか、相棒は相棒だ。失格なんて制度無いから』


俺はワザとふざけるようにそう言って、シャルを慰めた。と同時に、こんな時にすら言葉をかけることしかできない自分に情けなさを感じたのだった。


こうしてその後、シャルは正式に女王を引退することを決め、後任としてレオを指名したのだった。



「儂が次の王だと!? ……どういうつもりだ? 女王?」


その決定を聞いた時に一番反対をしたのはレオだった。


「なぜ上手く治まっている国の体制を変えようというのだ? 問題があるというのならまだ分かるが」


レオは神子(みこ)としてだけではなく、政治家としても優秀だった。まあ、前世は一応一国の王様だったのだから当たり前なのかもしれないが。


そんなレオが、シャルに向かって真正面から反対の意を唱えたので、この時ばかりは俺もレオをめっちゃ応援した。


しかし、レオのその反対もシャルの一言でかき消された。


「……私の最後の我が儘です」


決然とそう告げられて、さすがのレオもそれ以上反対をすることはできなかった。


「ごめんなさいね。レオに大変な王位を押し付けちゃうことになってしまう訳だけど……」


シャルの言葉にレオはむすっとしたような顔で答える。


「……儂を甘く見るな。女王の決断であればもちろん従うまでだ。……もっとも其方がここまで発展させた国を預かるのはちと重圧ではあるが……」


そして、俺に手を当てて聞いてくる。


「アダマントに異論は無いのか? 儂がこの国の王になっても良いのか?」


『俺もシャルの決断に反対する気はねーよ。ま、お前なら大丈夫だろ』


「そうか」


俺の言葉を聞いて、レオは少し考えた後、答えた。


「分かった。王位を受けよう」


――それから五年の引継ぎ期間を経て、アダマント王国には新しい王が誕生したのだった。


レオの戴冠式の日には、王位と共に『俺の欠片でできたネックレス』も、シャルからレオに引き継がれた。


つまりはこの日からレオが不老となり、シャルは普通の人間と同じ時の中に戻っていくということであった。




女王を退位したシャルはその後、城下町の孤児院の院長となって、残りの人生を過ごすこととなった。


かつての自分と同じように様々な事情で親を失った子供たちを引き取り、育てるのが自分の使命だと言って、レオが宮殿の近くにシャルの別邸を建てると言うのを断り、一般人として生活することを選択したのだ。


時々俺に会いに来ては、他愛のない話をしてまた城下町に帰っていく穏やかな生活が続いた。女王の頃のような疲れた様子は無くなり、それなりに新たな人生を楽しんでいるようだった。


シャルはその後50年程、穏やかな暮らしを続けた後に穏やかに死を迎えた。




――のだと、その時の俺は思っていた。







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