31話 女王様は最近お疲れの様です
それからまた15年の月日が流れた――。
アダマント王国はシャルの治世の下、変わらず平和な時代を謳歌していた。
リムシュの残した大学のお陰で、農作物の改良が進み収穫量も増え、増えた人口をしっかりと支えていた。また遠い土地との交易も増え、城下町の市場は栄え税収も年々増えていった。
豊かな生活は文化を育み、音楽や芸術なども発展するなど、アダマント王国は他の国も憧れる大国となっていた。
――しかし、心配なこともあった。
栄えていく国の様子とは裏腹に、最近シャルの元気がなくなっているようなのだ。
「ふう……」
久しぶりに神殿の俺の部屋に現れたシャルは、溜息を付いて椅子に凭れ掛かった。シャルの容姿は相変わらず若いままであったが、少し疲れを感じさせる表情をしていた。
『また眠れなかったのか?』
シャルの手が俺に触れたのを確認して話し掛ける。
「……うん」
シャルは力なく返事をして、椅子にもたれたまま目を瞑る。
『また少しここで寝ていくか?』
「……うん」
そう答えたかと思うとすぐにシャルはスゥ……と寝息をたて始めた。
最近シャルはよく眠れていないようだ。何かの夢を見て夜中に目が覚めるらしい。夢の内容は覚えていないそうなのだが、目が覚めた時に汗びっしょりになっているということなので、余り良い夢ではないのだろう。
その寝不足の影響もあってか、シャルは以前に比べて明らかに元気がなくなっていた。
“コンコン” “ガチャ”
扉をノックする音がして、レオが部屋に入ってきた。
「アダマント! 今日は北で勢力を伸ばしてる帝国の情報を持ってきたぞ……と、アレ?」
おお、もうそんな時間か。レオと俺の毎日夕方のおしゃべりタイムは今も続いていた。最近はレオが周辺国の様々な情報を持ってきて、それについて協議することが多いのだ。
ちなみにレオは今年で18歳になっており、立派な青年になっていた。ツオル王だった頃の名残である高慢な態度も、シャルの教育のお陰?で随分と改善されていた。
「ふむ? なぜ女王がここで寝ておるのだ?」
レオは寝ているシャルに気付き、俺に触れて小声で質問してきた。
『また寝不足なんだと。なぜか俺に触りながらだと眠れるらしくて時々こうやって少しここで寝ていくんだよ』
「ほお……なるほど。それにしても、こうやって寝ている顔は案外愛らしいものだな」
レオはその端正な顔を近づけて、シャルの寝顔をマジマジと観察する。
『おい、レオ。お前そんなセリフをシャルに聞かれたら、ぶっ殺されるぞ』
執念深いことに、シャルはツオル王に求婚されたことをいまだに根に持っている。
なので、生まれ変わりであるレオがちょっとでもシャルの女らしい部分などに言及しようものなら、年甲斐もなく(見た目に騙されてはいけない。シャルももうなんだかんだで80歳も半ばくらいだ)、いきり立って口撃を仕掛けるので、レオはいつも精神的にボコボコにされていた。
しかし、それでも当のレオが懲りずにこんなことをほざいているところを見ると、やはりツオル王は根っからのM気質だったと思われる。パッと見はSな感じなのに、人ってわからんもんやね。
「うむ。女王が怒ると恐ろしいことは、儂もこの15年でしかと学んでおるぞ。しかし、女王が不眠に悩まされているとはな……。そんな繊細な性格だったのか?」
『まあ、なんか見えないところでストレス抱えてたりするのかなぁ……』
とは言うものの少し考えても、シャルが隠れてストレスを溜める事なんて何も思いつかない。
しかし、シャルがここ最近疲れているのは事実であるからして、相棒として何とかできないかとは思うのだが……。
俺の癒し能力もさすがに精神的な病を治す力までは無さそうだからなぁ。まあ、せめてゆっくり眠る手助けくらいはしてやりたい。
『っつー訳で、今日のおしゃべりタイムは無しだ。せっかく来てくれたところ悪いが、レオも部屋に帰っていいぞ』
俺はレオにそう伝えた。
「うむ、そうだな……。女王にはゆっくりと休んでもらった方が良いからな。では儂は部屋に戻ろう」
レオもなんだかんだでシャルを心配しているようで、特に文句も言わず、入ってきたばかりの扉を静かに開けて大人しく部屋から退出していったのだった。
「……ん」
それから一時間ほど経った頃、シャルが目を覚ました。
「……私、どのくらい寝てたかしら?」
寝ぼけ眼を擦りながらシャルが呟く。
『まだ一時間くらいしか経ってないぞ。もう起きるのか?』
もう少し寝た方が良いのに……と思いながら声を掛ける。
「まあ、私一時間も寝てしまったの!? 大変! デュッセルに30分くらいで戻ると言ったのに!」
『お、おい……』
シャルは慌てて鏡の前で少し乱れた髪を整えると、急ぎ足で扉に向かって歩いて行った。
そこで、ふと足を止めてこちらを振り向くと
「久しぶりにかなり熟睡できたわ。ありがとう、アダマント……」
と言うと、くるりと踵を返して部屋を出て行った。
『……まったく。もっと休んでいけばいいのに』
俺はあっという間に立ち去って行ったシャルを複雑な気持ちで見送ったのだった。




