挿話 ツオルの視点~女王との面談後~
儂の名はツオル。偉大なるツオル国の国王である。
と、思っていたのだが……どうやらそれは自分の前世の記憶であり、今は『レオ』と言う名の少年として儂は生まれ変わっているらしい。
確かに『自分はツオルと言う名で、ツオル国の王である』と言うこと以外に記憶が無いのは事実であり、自分の体が子供になっているのもまた事実である。
――しかし、認めたくなかった。儂がもうツオル王ではないなどと……。
認めたくなかったが、レオの両親と村長に連れてこられた場所で、この国の女王と呼ばれる娘に認めさせられた。……屈辱である。
しかもツオル王であった時の儂の死因は戦死だそうで、その時の戦で国も滅びたと――。
それを聞いた時に体中から力が抜けた気がした。儂の心の大部分を占めていた『自分がツオル王である』という誇らしい気持ちは木っ端みじんに砕け散った。
儂は敗軍の将であったわけだ。そしてあろうことか、敵対した国の国民として生まれ変わったという訳だ。
……この先どうするべきか。
「レオ? 大丈夫?」
儂が考え事をしていると、現在の儂の母親が心配そうに顔を覗き込んできた。
「心配はいらぬ。母御殿」
儂はツオル王ではあるが、このレオの母親には頭が上がらない。生まれた時、体が弱かった儂を必死でここまで育ててくれたのだ。今、儂が生きていられるのもこの母御殿のお陰だと一応は恩義は感じておる。
「まったくお前は女王になんて口の利き方をするんだ! 俺は生きた心地がしなかったぞ……」
現在の儂の父親がそう言って俺を睨む。
「はぁ」
儂はため息をつく。母御殿に比べて、まったくもってこの父親は情けないものよ。
「おい、レオ。なんだよ、その態度は? ったく、とんでもねーガキが生まれちまったもんだぜ」
「あなた!」
子供に喧嘩を売る父親を母御殿が窘める。いつもの我が家の風景だ。
――おっと、『我が家』などとそんな庶民的な言葉を儂が使ってしまうとはな……。随分このレオという人生に毒されてきているようだ。
記憶と国と命を失ったとしても、このツオル……誇りは失わぬぞ。
しかし、遺憾ながらどうやら『ツオル』と言う名はこの地で使うには少しリスクがあるようだ。こればかりは止むを得ない。しばし雌伏の時か……敢えて! 敢えて! 今は『レオ』を名乗ろう。
「それにしても、こんなに立派な部屋を使わせて貰えるなんてな……信じられないな」
「そうね……神殿に住ませて貰るなんて、レオのお陰ね」
父親と母親が部屋を見回し、感嘆のため息を漏らしながら話す。
あの女王。どういうつもりかは分からぬが、儂をこの神殿で神子見習いにすると言いおった。
本来ならば、神子などと辛気臭い仕事は願い下げだが、少なくとも元の村に戻って貧乏生活を続けるよりはここに残った方が、まだマシであろうと判断したが……一体、何をやらされるのか。
“コンコン”
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい?」
母御殿が返事をして扉を開けると、そこには一人の少年が立っていた。
「お初にお目に掛かります。私はこの国の宰相を務めておりますデュッセルの息子で、デュロイと申します。女王様にレオ殿の世話役を務めるよう言い付かりました。今後よろしくお願いいたします」
デュロイと言う少年はそう言って丁寧に頭を下げた。
「まあ……。それはそれは。こちらこそよろしくお願いいたしますね」
母御殿が驚きつつもデュロイに挨拶を返した。
「早速なのですが、レオ殿をお連れするように申し付かっておりまして。すぐにお連れしても宜しいでしょうか?」
デュロイは母御殿に確認する。
「え? レオを一人で?」
母御殿が心配するように呟くと、デュロイがすぐに言葉を添える。
「もちろん、ご同行頂いても構いませんよ」
母御殿は心配症だからな……。しかし、呼び出しに対して母親に付いて来てもらうなどと恥ずかしいことはできぬ!
「母御殿、儂一人で大丈夫である」
と、儂は後ろから呼び掛ける。
「え? でも……」
「大丈夫である!」
儂は心配そうな母御殿に再度伝え、デュロイと言う少年に呼び掛けた。
「構わぬ。デュロイとやら、案内するがよい」
デュロイは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにニコリと笑みを浮かべて答えた。
「ええ。では参りましょうか」
「うむ」
儂は颯爽と部屋を後にした――。




