24話 風の精霊はなかなか使い勝手が良い
「アダマント、合図だ!」
『おう!』
シャルの言葉で俺は精神を集中する。
まずは脅してツオル兵たちの戦意を削ぐ――。
俺はツオル軍の右翼側、陣形の一番端っこに居る兵士から更に数十メートル離れた場所を狙って適量のサラマ(火の精霊)を放つ。
“ゴォォォォオオオオオオ……”
サラマは轟音を響かせながら、一瞬で草原に大きな火柱を立ち上げる。
突然の炎の発生にツオル軍の動揺が走る。
「うわーッ!!!!」
「ヒヒヒィィィン!!!!!!」
「炎だ!!!!」
ツオル軍から悲鳴が上がった。同時に炎に驚いた馬がパニックになり、一瞬にしてツオル軍は恐慌状態となる。
『おお! 慌てとる、慌てとる!!』
俺は草原で繰り広げられるパニック劇を、ちょっとワクワクしながら観察する。……え? 趣味が悪いって。
しゃーないやん。面白いもんは面白いんだから。
右翼側が崩れたところで、今度はデュオルが左手を上げる。
『はいよー』
俺はその合図に合わせて、次は左翼側へ向けてサラマを飛ばす。
“ゴォォォォオオオオオオ……”
更に大きな火柱が立ち昇る。
――うおっと、想定より大きい火柱を上げてしまった……。やっぱりまだまだ精霊のコントロールは難しい。
「うわッ!!こっちもだ!!!!」
「神様!!!!!!」
「お、おのれ!!! 怪しげな術を!!! 皆の者!! 落ち着け!!」
将軍が声を張り上げて自軍の兵を鎮めようとするが、既にパニックが始まっておりツオル軍の陣形はみるみるうちに崩れていった。
「次はツオル王のいる場所に炎を立ち上げる! 死にたくない者はツオル軍より離れ、投降せよ!」
混乱の中、俺はシフ(風の精霊)達にデュオルの声を乗せて戦場の端に居る兵士たちにまで残らず響かせる。
ツオル軍の中に、キラキラと輝くシフ達の風が吹き抜けた直後、崩れかけていた陣形は一瞬にして形を失った。
ツオル王の乗っているであろう輿が地面に放置され、そこを中心に蜘蛛の子を散らしたように兵達が逃げていく。
逃げ出した兵達は武器を捨てて、次々にこちらへ投降してくる。
「す、すごい……」
シャルがその光景に思わず声を漏らす。
ツオルの将軍も事ここに至っては打つ手なしと判断したのだろう。デュオルに付き従っていた騎兵に取り囲まれると、特に暴れる素振りも見せず連行されていった。
そして、草原の中央……残された輿からツオル王が慌てた様子で這い出てくるのが見えた。何か喚いている。
デュオルがツオル王の許に馬を進める。
「ツオル王、もはや勝敗は決した。おとなしく投降するならば命までは奪わん」
シフの運ぶ風が、二人の会話を俺に伝える。
「と、と、投降する! 大人しく投降するから、助けてくれ!!」
ツオル王が輿の前で座り込んだまま、デュオルに頼み込む。
「分かった。では連行させてもらう」
そう言ってデュオルが剣を収めた途端、ツオル王がデュオルの騎乗する馬に向かってナイフを投げつけた。
「ヒヒヒィィィン!!!!!!」
「グッ……!」
デュオルの馬が驚いて嘶き、前足を高く上げる。そのまま、デュオルが反動で地面に叩きつけられる。
『!? あのヤロー!!!』
「なに? どうしたんだ!? デュオル!?」
突然の出来事にシャルが叫び声をあげる。
「フ、フハハハハ……! 貴様などに囚われるものか!! 死ね!!!!」
ツオル王が素早く剣を抜いて、落馬したデュオルに襲い掛かかった。
『デュオル!!!!!!』
俺の急激な感情の昂りを受けて、シフ達が激しく蠢き始めた。
「……アダマント!?」
シャルが不穏な精霊の動きを見てブルッと身を震わし、俺を振り返る。
シフ達は激しく蠢きながら、俺の憎しみの対象へ向けて一直線に向かって行った。
そしてツオル王がデュオルに止めを刺すべく、高く剣を掲げた瞬間――。
“ピカッ”と眩いばかりの閃光が広がり、“どおおおーーーん!!”と言う轟音と地震のような揺れが草原を襲った。
……直後、打って変わった静寂の中で、ツオル王が剣を振り上げた姿勢のままゆっくりと倒れ込むのが見えた。
草原中の人間が呼吸を忘れた様に息を飲み、ただ倒れ込むツオル王を見つめる――。
「……落雷?」
「……天誅だ」
「ツオル王に神の裁きが下ったんだ……」
ゆっくりと草原中に人々の呟きが広がっていく……。
その呟きは次第に大きくなり、ある臨界点を越えた瞬間――
「わぁぁぁあああああ……!!!!!」
「アダマント国の勝利だ!!!」
「アダマント国!! 万歳!!!」
草原に轟くような歓声が沸き上がった――。




