157話 神と神
『……祐紀……それは……』
俺が恐る恐るその本心を祐紀に確認しようと呼び掛けると、祐紀はフゥ……とため息を吐いて投げやり気味に言葉を続けた。
『……と言いたいところだけど。兄貴がこの星そのものになってしまったってことは、どう考えても地球と同じように発展させるなんて無理な気がしてきたなぁ。しかも、そもそも兄貴みたいに無機物に生まれ変わる場合もあるなんて想定外だし……。はぁ。生き物に生まれ変わるとしか思ってなかったよ……失敗した』
祐紀の声が力なく響く。
『じゃあさ、これから生き物以外も対象としてもう一回探してみればいいじゃん? だから――』
元気出せよ。と言おうとしたが、被せるように祐紀が答える。
『……どうやって探すんだよ? 俺が探せる範囲は生物だけだ。39億年前から準備してたから探せるんだよ。彩がどこで生まれてもすぐに分かるように、原始生物時代から自分のクローンを進化させて遺伝を通して全生物への細胞共生を実現したんだ。つまりは、生物限定の神様にしかなれないんだよ、俺は……』
っかー。相変わらず、綿密なこった。そうだな、そう言えば祐紀は昔から計画的に物事を進めるタイプだったな。テキトーな俺とは真逆で。まあ、だからこそのデキメンな訳だが。
だが俺もここはビシっと、兄として道なき道を進む必要性を説かねばなるまい。……祐紀とガチで戦うのだけは避けたいからな。
『ったく、相変わらずゴチャゴチャ細かいんだよ。お前は!! お前が生物の神様だとしたら、俺が無生物担当の神様になってやるからさぁ。とにかく彩ちゃんを見つければいいんだろ? 俺達二人が既に転生できているんだ、きっと彩ちゃんもどこかで生まれ変わってるはずだ!! もっときちんと探せば絶対に見つかるって!!』
根拠はないけど力強く言い切る。兄として。そして今日から俺は、魔王は廃業して神様になってやるぜ。
『けど……どうやって』
『それはリムシュがきっといい方法を思いつくはずだ!!』
根拠は無いけど、力強く言い切る。パート2。
『……フフフ。急に丸投げしてきましたね、アダマント。……ふむ。しかし、お二人の話はなかなかに興味深いですし。いいでしょう。私の研究テーマの一つとさせていただきますので、後程更に詳細な聞き取りを実施させてください。フフフ……』
リムシュは突然の俺の丸投げにも動じず、むしろ前向きに受け止めてくれた。……が、逆にそれがコワイ。何か企んでそう。
――と、その時突然大きな声が頭の中に響いてきた。
「アダマント!!!!」
一瞬にして、俺の意識がある一点に引き寄せられる――。
それまでイメージとして見えていた深海の様子から打って変わって、今度は洞窟のような場所がイメージとして流れ込んでくる。あ、いや、洞窟っていうか……これは、さっきまで俺が居た『魔王の間』だな。
そして、そこで叫んでいたのは意識を取り戻したシャルだった。
「アダマントのバカ!!! バカ!!! バカ石!!! なんで私の代わりにアンタが死ぬのよ!!! なんか返事しなさいよ!!! バカアダマント!!!!!!」
さっきまで俺が居た地中の魔王の間で、シャルが激昂しながら俺の飛び込んだ穴の中に向かって、俺を罵っている様子がイメージとして流れ込んでくる。あれ? シャルはまだ俺が死んだと思ってんのか? それにしてもさ……
『……くっそ、シャルの奴。バカって言い過ぎだろーが。ガキかよ』
思わず俺がそう呟くと、イメージの中のシャルが穴から顔を上げて、不思議そうにキョロキョロ辺りを見回した。
『ん?』
「……アダマント? ねえ!! アダマントなの!?」
シャルがまた大きな声で魔王の間に声を響かせた。そんなシャルの様子を魔王の間に居る生き残った?メンバーたち(トパーズ、トルティッサ、チルサム、アイアン、聖騎士達)が不思議そうに見つめていた。
あれ? いつのまにか回線がシャルに繋がってるみたいだ。 勝手に繋がっちゃう場合もあるのか? うーむ、今はあんまり意識してなかったんだけどな? なかなか接続の調整が難しいな、これは。
ちなみにいつの間にか、それまで繋がっていた祐紀との回線は切れてしまったらしく、祐紀の声やイメージは全く捉えられなくなっていた。
とりあえず、俺はシャルに呼び掛けてみる。
『あー。おい、シャル。俺の声が聞こえるのか?』
俺が名前を呼ぶと、シャルはピクリと肩を震わせてすぐに答えた。
「……聞こえる……聞こえてるってば。 なんなのよ!! 死んだと思ったじゃない!! 心配させないでよ!! バカアダマント!!」
『おまっ! またバカって言ったな!? バカって言う方がバカなんだぞ!!!』
……想像してた返事と違ったので、思わず売り言葉に買い言葉で返してしまった。
だって普通この流れだったら、もっと感動する感じの気遣う言葉掛けるデショ!? くっ、シャルのヤツ、前よりも口が悪くなったんじゃないか……!?
「うっさい。バカにバカって言って何が悪いのよ。バカ」
『グヌヌ……。なんて生意気な……!?』
しかし、そこで俺は言葉を止めた。
生意気な憎まれ口を叩くシャルだったが、その両眼からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていたのだ。
うお!! っと俺は焦って口を開く。
『あー……。その、なんだ。えーと……なんか、すまん』
シャルがボロボロと泣いている姿を見るのはこれが二回目だったかなぁ……なんて思いながら、なんだか思わず謝ってしまう。
「う……あれ? ち、違う!! これは泣いてる訳じゃ……!! ううぅ……おかしいな? グスッ……止まらない……」
シャルが慌てた様にワタワタと言い訳をする。
「ほら」
隣で呆気に取られたように様子を見ていた女騎士プルテーヌが、見かねた様にシャルにハンカチのようなものを手渡した。
シャルは一瞬ポカンとプルテーヌの顔を見る。プルテーヌが何も言わずに頷くと、シャルは少し恥ずかしそうに俯いて手渡されたハンカチで涙を拭った。
「ふぅ……」
とシャルは大きく深呼吸をして、再び顔を上げて口を開いた。
「――て言うか、アダマント! 貴方、一体どこから話し掛けて来てるの?? 今、私アダマントに触ってないのだけど? どうして話が出来るの?」
おお、どうやら冷静になったようだ。俺はホッとしつつ、シャルに言葉を返す。
『えーっと、それについては説明が面倒だから、リムシュに聞いてみてくれ』
またもやリムシュに丸投げする。
だって俺が自分で「いやー。気付いたら星になっちゃったんだよねー」って言うよりも、リムシュのクドクドした説明入りの方がなんか信頼できるっしょ? 結果、こういう場合はリムシュに説明してもらった方が早い訳。
『……また丸投げですか……。言っておきますけど、この対価は後でしっかりと返してもらいますからね?』
またもやリムシュが勝手に俺と回線を繋げて、話に入り込んできやがった。ってか、もしかして最初から聞いてたのかもしれん。リムシュの事だから。
とは言え、なんだかんだ言って引き受けてくれるのが、リムシュの良い所。
……ま、代わりの対価ってのが気になるがな……。




