154話 再覚醒
薄れゆく意識の中で、俺は不思議な感覚に包まれていた。
……そう、それはまるで大量のウニャウニャに包まれているかのような……。
薄れゆく意識の中で、そんなウニャウニャした心地よい感覚に身を預けていると、どこか遠くの方から小さな声が聞こえてくる。
『アダマントの気配はほぼ消えた……かな。ようやく邪魔者は居なくなった……』
――これは、デトリの声? ってことは、やっぱり俺は死んだのかな?
薄れゆく意識の中で、その憂いを帯びた男の声が妙に悲し気に聞こえて胸を締め付けた。それと同時に一つの疑問が浮かぶ。
……ん? そう言えば、死ぬ前に神の声が聞こえるって現象は俺にも適用されるもんなのか? 人間だけじゃないの?
薄れゆく意識の中で、俺は考える。
リムシュの話を聞いていた限りだけど、人間の細胞の中に共生する細菌がエーテルを媒介としたネットワークで繋がることで、人間の魂が『デトリの本体』と繋がっているって言ってたよな? そうなるとやっぱ、俺は適用外な気がするが……。
しかし、薄れゆく意識の中、また憂いを帯びたデトリの声が聞こえてくる。
『……あとは、人間達の発展を見守るだけだ。大丈夫。全体として見れば、この星は地球とそれほど差異なく進化している筈……』
薄れゆく意識の中で、俺の疑問は更に膨らむ。
今『地球』って言ってなかった? ねぇ? 言ってたよね? なんで? なんでデトリが地球とか言ってんの? WHY?
薄れゆく意識の中で、デトリの独白が更に続く。
『……この世界に転生してから38億年もかけて、ここまで進化させてきたんだ……もうすぐだ……もうすぐ』
薄れゆく意識の中で、デトリの独白を聞いた俺は驚く。
は? 今、なんつった? えーっと、転生! 転生って言ったよな、今? それに『38億年前』だと!? くっそ!! 俺よりも5億歳も年下じゃねーか!!! 『さん』をつけろよデコ助野郎!!!
と、薄れゆく意識の中で、俺は……。
――ってか、さっきから全然、意識薄れてねーじゃねーかよ!?
いや、実際薄れてたことは確かなんだが、途中で止まったっつーかなんと言うか? なんか寝起きの時のぼんやりした感覚が続いているだけで、一応思考できる程度の意識は残っているな、コレ。
まあ、なんでデトリの声が聞こえるのかは分からんが、デトリのヤロウが俺と同じように地球から転生したってんなら、もしかしてまた別軸で話し合いが出来るんじゃねーか?
『おい!! デトリ!! 聞こえるか!? 俺はまだ生きてるぞ!! おい!!』
……
……
……
へんじがない。ただの しかばねのようだ。
と、スマン。ちょっと言ってみたかっただけなので気にしないでくれ。
それよりも、どうやら俺の声はデトリには聞こえないらしい。どういうことだ? サト〇レじゃなくてサトリになっちゃったのか? 俺?
うーむ、どうなってんだ?? ってか、俺はもうこの星の外核ってところに着いたんだよな? とりあえず、改めて自分の状況を確認するために周辺探知をしてみる。
既に外核に着いているならば、俺の周りは超高温高圧下で液状になった鉱物か金属かに囲まれているに違いない。ただ、本当にその状況ならとっくに俺も溶けてるはずなんだが……。
……もしくは、何処かに引っかかったりしてまだ外核に着いてないとか? その場合なら周りは土とか岩石とかに囲まれているはずだ。
相変わらず頭(比喩だよー)はぼんやりしているが、何とか感覚を奮い立たせて意識を集中する。
……その時、周りに感じていた大量のウニャウニャがゆっくりと自分の感覚とシンクロしていくような感じがしてきた。ぼんやりしていた意識も次第にクリアになっていく。
おお、何か懐かしいぞ。この感じ。なんだか、初めて周囲の状況を認知できた時の感覚に似ている気がする……。
!!
み、見えるっ!? 見えるぞ!!
え? 何がって?
うむ、教えて進ぜよう。
どうやら予想とは違って、俺の周りには真っ暗で広大な空間が広がっているようだった。
は? それは結局見えてねーんじゃないのかって?
――バーロー。見えてるか、見えてないかくらい自分で分かるわ。これは見えてないから真っ暗なのではなく、真っ暗な空間が見えてるの! 分かった? Do you understand?
は! ってか、んなこと言ってる場合じゃなかったわ。なんだか思ってたのと全然違う場所に居るみたいだが、これはどういう事なんだ?? この星の中心付近は空洞ってこと??
全く状況が掴めないまま、俺はとにかく認知範囲を広げていく。
ふと、よく見るとその真っ暗な空間に岩石のようなものがちらほらと浮かんでいるのを見つける。
――岩石が浮かんでいる? どういうことだ?
もっと広く見てみるため更に認知範囲を広げていくと、今度は光り輝くいくつもの球体が、俺のイメージの中に飛び込んできた。
ここに来てようやく、俺は自分が何を見ているかを認識した。
――これ、もしかして宇宙じゃねーか?
マジで? 俺、宇宙に飛び出しちゃったってこと? もしかしてデトリのあけた穴が星を貫通しちゃってて反対側から飛び出ちゃったとか!? え!? んなギャグみたいなことある?? いやいやいや、よしんば貫通してたとしても引力とかあるっしょ? 無理っしょ?
待て。オチツケ! オチケツ! オチツケ! 俺。
俺は自分が置かれている意味不明な状況にプチパニックになりつつも、何とか冷静さを取り戻そうと呼吸を整える。
ヒッ・ヒッ・フー……ヒッ・ヒッ・フー……っと、これは違うわ!!
大きく息を吸ってぇ、吐いてぇ、吸ってぇ、吐いてぇ、吸ってぇ、吐いてぇ……ふぅ。
って、宇宙にいたら呼吸とか無理っしょ!? っていうツッコミが来ることは想定内だ。大丈夫、安心しろ、比喩だから。
おお、やっと落ち着いてきた。ったくよー。せっかく死ぬ覚悟決めて穴に飛び込んだってのによ。なんで死なない上に、よく分からん状況になってんだ? とんだ肩透かしじゃねーか。
俺は愚痴りながら、冷静に再度自分を含めた周辺を探知する。うまくクールダウンできたためか、先ほどまでのぼんやりした感覚はすっきりと無くなって、今度は様々な情報が明晰なイメージとして俺の中に怒涛のように流れ込んでくる。
……ふーん、なるほど。なるほどねー。 ……あれ? ああ? え? イヤイヤ、まさか。え? マジで? そんなことある? いや、けど。これは明らかに……。そうだよな?
自分の中に流れ込んでくるイメージ情報を総合的に勘案しているうちに、俺はある一つの結論に至った。
え? その結論を早く教えろって? うん、そうだよね。気になるよね。わかった。この際、勿体ぶらずにはっきり言おう。
――どうやら俺は星になっているみたいなんだわ。




