153話 3,000kmくらいを自由落下するときの経過時間を求めよ
『聖剣エクスカリバーを作るときに、剣の切先にアダマント君の欠片を溶かしたものを塗布したのだけれど。それ、どうやったか分かるかい?』
『は?』
デトリのヤロウがなにやら不穏なことを言い出しやがった。ってか、名付けだけでなく、エクスカリバー自体を作ったのもデトリだったのかよ。
そしてそんなデトリの言葉に、興味津々な感じでリムシュが喰いつく。完全に声が弾んでて明らかに楽しそう。お前ら、研究仲間かよ!!
そんな俺の一人ツッコミも恐らく聞こえているはずなのだが、二人とも何も聞こえなかったかのように(?)会話を続ける。
『アダマントの欠片を融解した!? まさか、そんなことが可能なのですか!?』
『ふふ……。やはり気になるかい? そうだね、君は素晴らしい契約の方法を教えてくれたしね。いいよ? 特別に教えてあげるよ』
そう言って、デトリは右手に土の精霊達を集めはじめた。
……魔法で俺を攻撃する気か? けど、どんなに強い土の魔法だって俺は消せないと思うけどなぁ。
などと自意識過剰気味に考えているうちに、デトリは右手に集まった大量の土の精霊達を不意に地面に叩きつけた。
――爆発音と振動が魔王の間に響き渡る。
『うわっと!!』
爆発の衝撃で発生した爆風に飛ばされかけたリムシュを、デュオルがナイスプレーで受け止める。そのまま、俺の側は危険と判断したのだろう。デュオルはリムシュを再びトルティッサの所へ運んだ。
毎度毎度、判断が的確なデュオルに俺は密かに感心する。さすがや。この試合の影のMVPはデュオルだな。え、表のMVPは誰かって? 知るか。
ちなみにその間、地震のように地面は揺れ続けていた。
揺れがようやく収まってきた頃、俺はすぐ近くに直径2mほどの穴が出来ていることに気が付いた。
『……なんだ、この穴?』
俺の呟きにデトリが返事をする。
『この穴はこの星の中心部付近……外核という場所まで続いているんだ。と、言って分かるかな? まだ文化的にはこの世界が球体の惑星だってことは解明されてないんだっけか? ……いや、けどアダマント君は知っているのかな?』
……なんだよ、その含みを持った言い方は? 少し気にはなったが俺は口を挟まず、デトリがそのまま楽しそうに話を続ける様子を見つめる(比喩ね)。
『この外核と言う場所はこの世界で最も過酷と言ってもいい場所だよ。高温高圧の……それこそアダマント君ですら溶かしてしまうほどの、ね?』
はっはーん、そう言うことか――。俺はデトリが何をしようとしているのかをなんとなく察した。
なるほどな。地球ベースで考えると、星の核の近くって確かめっちゃ熱いはずだから。まあ、けっこう溶ける気がするわ。ってか、石的にはある意味、故郷に帰る感じになるのか。……デトリのヤロウ、なかなか味なマネをしやがる。
『――ご明察、だね。やっぱり、アダマント君は鉱物っぽいし地質学的な知識も当然持ってるってことかな?』
俺が心の中で考えたことは、やはり俺に触れているデトリに駄々洩れしているらしい。ち、さっきは無視したくせに。
『あれ? そう言えばあの『喋る本』君の声が聞こえなくなったね? 本当は彼に教えてあげたかったのに。向こうに飛ばされちゃったからかな? ふーん……なるほど、さっきはアダマント君を介して会話をしてたってことか? ……いや、と言うよりもエーテルを介して話していたというほうが近いのかな? うーん。やっぱり君達は色々と興味深いなぁ……』
デトリが何やらブツブツと呟いていたが、俺はもはや気にせず単刀直入に切り出す。
『で、俺がこの穴に落ちればいいってことか?』
ブツブツ言いながら考え込んでいたデトリは俺の言葉を聞いて、ふっと顔を上げると少しだけ笑みを浮かべて答えた。
『うん、そうだね。アダマント君は話が早くて助かるな』
『うるせー』
自分でも驚くが、死ぬ直前だと言うのにまったくもって心は穏やかだった。リムシュの契約書のお陰でシャルも魔石連中の安全も一応確約されたことで懸念事項も無くなったし。
魔石に戻っちまった連中の事はやや気になるが、まあ、アイツらも我が四天王達だ。人化できなくなったとしても俺に出会う前に戻るだけだ。魔石として特に問題なくやっていくだろ。
ま、なんだかんだで俺も長生きしたみたいだからな。自分でも気づかぬうちにいつの間にか悟りの境地に達していたのかもしれん。
『それじゃあね、アダマント君。今まで散々私の計画を邪魔してくれてありがとう。ま、終わってしまえば、ある意味楽しい思い出ではあったから一応お礼を言っておくよ』
デトリが、シャルの顔で満面の笑みを浮かべて、そう言った。
『うるせー』
俺はそれだけ返すと、風の精霊を足元に集めて、あっさりとデトリの作った穴に向かって自分の体をダイブさせた――。
・・・・・・・・
――暗闇の中、俺はどこまでもどこまでも落下していた。
しかし、心の中はさっきと変わらずすこぶる平穏だった。……状況から考えればおかしな話だが。
むしろ冷静過ぎて、『デトリの作ったこの穴がこの星の外核まで続いているとして、途中にあるマグマとか地上に溢れてきちゃったりしないもんなのかな?』とか、『穴掘った時に出た土砂はどこに消えたんだ?』とか、今の自分の状況で言えば割とどーでもいい疑問ばかりが頭に浮かんでは消えていく。
あー、それにしてもこの落下する感じ。随分前にも感じたことあったっけな。あれはたしか噴火に巻き込まれて、地中から初めて地上に出た時だったなぁ。なんて、懐かしい思い出も蘇ってきちゃったり。
――っと、もしや、これが噂の走馬灯か!? ……いや、走馬灯は過去の出来事が次々と思い浮かぶって言うからちょっと違うか。
ま。俺の人生、いや『石生』、色々あったけど最後はこうして石の姿でまた地中に戻っていくなんてなぁ。因果なもんだぜ。
しかし、リムシュが言っていた『俺は44億歳』説が本当だとすると、あのスカイダイビングの思い出は何億年も前の出来事だったってことになるけど本当かよ? なんかイマイチ信じらんねーな。本当だとしたら、俺の時間感覚は一体どうなってやがんだよ。
……あーそれにしても、まだまだ落ちてるなぁ。どこまで落ちるんだ、コレ? 落下時間長すぎて本当に落ちてるのかすらよく分からなくなってきたぞ。本当に落ちてるよな、俺?
……
……
……
……!?
落下時間が長すぎてうっすら不安になってきた頃、ようやく俺の体が何かに着地した感覚がした。
――そしてその感覚を確かめる間も無く、一瞬にして俺の意識は遠くなっていったのだった……。




