152話 イニシアチブを取ってイシューをソリューションすることがマスト
「……あれ、風の魔法が消えた? もしかして、取引に応じてくれるという事かな?」
デトリが俺の方を見ながら呟く。
『おい、アダマント? お前まさか、今のデトリの言葉を信じるのか?』
フワフワと飛んできたデュオルが、俺の上に着地するなり口を出してきた。
『ま、他にシャルを助ける方法も思い付かないしなぁ……』
俺は自嘲気味に返事をする。
本気で戦えば、恐らくデトリを倒すことも可能な気はしている。シャルの命懸けの作戦通り、他の人間の体に乗り移られる前に、シャルの身体ごとデトリを消し去ってしまえば良いのだから。
けど……。
俺はもう一度、デトリに乗っ取られたシャルを見つめる。
うん。無理だ、無理。何回考えても無理。シャルを殺すなんて出来ねーわ。
『それにさ。実際、俺が人間に関わらなければ、デトリもわざわざあんな風に表に出てくることもなかったんだろ? 絶対アイツも面倒臭いこと嫌いそうだし?』
ま、これは今までのデトリの言動の端々から、同類の気配を感じるってだけの根拠だが。
『しかし、アダマント。例えそれで助かったとしても、お前の犠牲で生き永らえたと知ったらシャルはそれこそ死んじまうんじゃ……』
『それを何とかするのが、デュオルとリムシュの役目っつーことでさ。そこは本当に頼むよ』
俺はデュオルの言葉を遮って、まあ自分で言って引いちゃうようなムチャぶりを真面目にお願いする。
『オマエなぁ……』
デュオルは呆れたようにそう言いながらも、言い返して来ない辺り、俺が本気で言っているのだと分かってくれたようだ。
『っつー訳で、デトリに俺に触るように伝えてくれ。アイツと直接話してみるよ。出来るだろ? 風の精霊ならさ?』
デトリもエーテルを持っていて精霊が見えているようだし、恐らく俺の体に触れさせればアイツとも直接会話を出来るはずだ。
『……アダマント、お前ってホントに精霊使い荒いよな?』
そう言いながらも、デュオルはフワフワとデトリの方に飛んでいった。
程無く、デトリが俺の方へ歩み寄り、シャルの右手で俺の体に触れた。
『やあ。まさか魔石の姿の君と直接会話出来るとは思ってもみなかったよ、アダマント君?』
憂いを帯びた様な男の声が、俺の中に響いた。ああ、そう言えばコイツこんな声だったな……。遠い昔に聞いたデトリの声の記憶が蘇る。
『そうだな。俺もこの姿でお前と会話する事になるなんて、予想もしてなかったな』
俺の返事を聞いて、デトリが面白そうに口の端を吊り上げた。
『で、わざわざ会話をしてくれるってことは、取引に応じてくれるってことで良いのかな?』
薄笑みを浮かべるデトリの言葉に、俺は淡々と返事をする。
『まあ、前向きに検討したいとは思ってるんだが……。約束が守られない場合の対応を決めないと、何とも言えねーなと思ってさ。俺は別に死のうが消えようがどうでも良いんだけど、俺が居なくなった後に、お前が必ず約束を守ってくれるって言う保証が欲しいわけ』
そんな俺の言葉が意外だったのだろうか? デトリが一瞬呆気に取られたように、笑みを消して無言になった。なんか変なこと言ったかな? と、若干不安になる。
しかし、少し間を置いて、デトリがようやく返事をした。
『……つまり。契約不履行のリスクヘッジをしたいってことかな? それじゃあ、その保証方法でコンセンサスが取れれば契約成立ということだね?』
『……お。おぉ? まあ、そういうことか?』
な、なんか急に意識高い系みたいなワードが出てきて戸惑うけど、一応デトリの言葉に同意……いや、アグリーする。
『そういう事であれば! 契約書作成はワタクシめにお任せください!』
突然、俺達の会話にリムシュが口を挟んできた。
うお!? コイツいつの間に聞いてやがったんだ?
どうやらデュオルがいつの間にかまたリムシュを風の力でこちらに吹っ飛ばして来たらしい。まあ、後から考えればそれはかなりのナイス判断だった訳だが。
デュオルがもう一度ふわりと風を起こすと、リムシュはまたもや俺の上に陣取った。
『さあ。早速ですが、契約条件はこういった内容でいかがでしょうか?』
リムシュがそう言うと、パラパラと本のページがめくれて何も書いていないページが開かれた。そのまま見ていると、そのページの上に何やら文字が浮かび上がってきた。何だこの自動筆記みたいな……。
そんなリムシュの白紙ページに浮かび上がってきた文章の内容は簡単に言えば下記のような内容だった。
・魔石アダマントの存在の消滅と引き換えに、神デトリはシャルの精神・肉体・運命を良化して返却することと、他の魔石の生存を脅かさないこと、を約束する
・この契約は互いのエーテルによって縛られるものとし、不履行時はどちらの場合でも強制的に執行されるものとする。
『では、この内容に不服がなければ、このページにそれぞれのエーテルを注ぎ込んでください。それで契約は成立です! ちなみにこの契約方法は私が考えたものでして、書面に内容を残すことで言った言わないの不毛な争いを無くし、更に互いの魔力……エーテルで縛りを設けることによって契約不履行を抑止する効果のある……』
『……もし、契約者に故意や過失がない場合の不履行があったら?』
リムシュが得意気に契約方法うんちくを語っている最中に、デトリが質問を挟み込んできた。が、リムシュはその質問を受けて、むしろ嬉々として答える。
『ああ! 良い質問ですね! そう言った場合にもエーテルによる強制執行が発動いたしますのでご心配召さらず。例えばデトリさん、あなたがうっかり魔石の誰かの生命を気付かずに脅かしてしまったとしても、契約書に注いだエーテルによってその危機は自動的に回避されるように設定されております。これがエーテル契約による強制執行の利点でして……』
『……へぇ? それはすごいね。それであれば、この契約内容で私に異論は無いよ』
リムシュとデトリのシュールな会話を聞き流しつつ、俺はリムシュに契約を進めるように促す。
『で? どうすれば契約成立なんだ? エーテルを注ぎ込むってどういうことだ?』
俺の質問にまた嬉しそうにリムシュが答える。
『私に触れて頂きましたら、それぞれのエーテルを契約に必要な分だけ同量づつ抜かせていただきます。そうしましたら、お二人のエーテルが注ぎ込まれた契約書が二枚出来上がりますので、それぞれにお渡しいたします』
『ふーん。じゃあ、俺の分はリムシュが預かっててくれ。契約成立したら俺は契約書を自分で持ってられねーからな』
『ああ! 確かにそうですね。それではアダマントの分の契約書は私が代理人として責任を持って保管いたします!』
こうして話はまとまり(?)、俺とデトリはさっそくリムシュに触れたのだった(まあ、正確に言えば俺はリムシュの背表紙が勝手に体に触れている状態なんだけどな)。
その瞬間、自分の体からウニャウニャした感じのモノがスゥっと引っ張られていく感じがした。
『さ、これで契約成立です』
すぐにリムシュがそう言うと、フワリと一枚の紙が浮かび上がりデトリの方へ飛んでいった。
『これが契約書だね?』
そう言ってデトリがサッとその紙を受け取り、紙面に目を落とした。
『さあ、契約は成立いたしました。次は契約の執行となりますが、まずはどのようにしてアダマントの存在を消しましょうかね?』
なぜかリムシュがテキパキとその場を仕切る。
……ってか、リムシュのヤロウ。コイツ俺の味方じゃねーのかよ?? マジで中立の立場かよ。契約の執行って……ある意味、死刑執行と同じ意味なんですけど。そんな軽く言われると俺も立つ瀬がないぜ。いや、しかもコイツの場合、もしかして研究の一環として、俺の体の色々な破壊方法を考えてワクワクしている可能性も……。
俺がモヤモヤと考えていると、デトリが契約書から顔を上げて爽やかに言った。
『アダマント君に消えてもらう方法は既に私が考えているから大丈夫だよ!』




