151話 神と石の取引
『……シャルの中身はもうデトリ神のようです。あんな一瞬で移り変われるのですね』
リムシュが感心したように俺に話し掛ける。しかし、俺的な問題点はそこではなかった。
『あのバカ、今、自分のこと刺そうとしなかったか!?』
今の一瞬の出来事を思い出して冷や汗をかく。デトリが止めなかったら、シャルは自分で死ぬ気だったってことか!?
『ふむ。アダマントに厄介をかけずに終わらせようとしたのではないでしょうか?』
リムシュが当然のように答え、それにデュオルが被せる。
『確かに。そういやシャルは昔からアダマントに迷惑かけるの避けてたよな。んなこと、アダマントが気にするわけねーのに、な?』
『うるせー、ジジイども』
俺は二人に八つ当たりしながらも、心の中では納得する。シャルが俺の手を煩わせないように、デトリを道連れに死のうとしたのはまあ間違いないだろう。
本当にアイツはなんですぐに死にたがるんだ!? 置いていかれた方の身にもなれっての! くっそ、なんだこのモヤモヤした気持ちは! なんだか知らねーが、イライラしてくるぞ?
『な! 言っておきますけど、貴方の方が我々の何倍もジジイですからね!?』
なにやらリムシュが騒いでいるが無視して、デトリに乗り移られたであろうシャルの様子を窺う。
「さてと。まだ、そこに一人と、あっちにもう一人魔石がいるね。……ふーん。……ああ、あとはもう少し地下に行くと、たくさんの魔石っぽい反応があるのかな? いつの間にこんなに増えてたんだろう。本当に油断できないなぁ……」
シャルが腕組みをして目を瞑りながら呟く。声はシャルのものだが、そのセリフには虫唾が走る。
「じゃあ、まずはこの部屋から掃除しようか」
ゆっくりと目を開いたシャルはそう言って、トパーズの方を向いた。
『お? なんか俺を狙ってくるみたいだけど?』
トパーズが俺に手を当てて話し掛けてくる。
『トパーズはそのままトルティッサ達を守ってくれ。デトリは俺が止める。俺がまだ生きてるって分かったら、デトリの奴はきっと俺にトドメを刺す方を優先するだろ』
俺の言葉を聞いて、トパーズは頷きつつも心配を口にする。
『アダマント一人で大丈夫なのか? アイツかなり強いだろう?』
『ま、大丈夫だろ。万が一ダメそうだったら、お前はアイアン隊長と協力して他の魔石達を連れて逃げてくれ。最後の足止めくらいはするからさ』
俺の言葉を聞いて、トパーズは険しい顔をする。
『なに言って……』
『おい、リムシュ。お前、いつまで俺の上に乗っかってるんだ。早くトルティッサの所へ戻れ』
俺はトパーズの言葉をかき消すようにして話題を変える。
『しかし、私は自分で動くことが出来ないのですよ。まったくこれだけが不便なのですよね』
『……それだけなんだ、不便なの』
俺が呆れて呟くと、何も言わずにデュオルがフワリと風を巻き上げて、リムシュをトルティッサの元へ飛ばした。おお、グッジョブ。デュオル!
そんなことをしているうちにシャルの姿のデトリが近づいてくる。
「さ、君も石に戻してあげるよ」
ある程度まで近づいたところで、デトリがそう言ってトパーズの方へ恐ろしい速さで迫ってきた。
『させねーよ!』
俺は瞬間的にシフを集めて、トパーズと自分達の周りに風のバリアを張った。デュオルも他のシフ達と一緒に俺の魔法に協力してくれるようだ。
デトリは急に目の前に現れた風のバリアに少し目を見開き、バリアの目前で立ち止まる。
「風の魔法? この感じは……アダマントの魔法? へえ? もしかしてまだ死んでないの?」
おお? すぐにバレた……。しばらくは混乱させられるかと思ったのに。ってか、俺の感じがする魔法ってどんなだよ? と突っ込みたい気持ちを抑えて、すぐさま一部のシフ達を攻撃に転じさせる。
無数の風の刃が一斉にデトリを襲った。
――しかし、デトリはシャルの顔で薄く笑うと、そのまま風の刃を真正面から受けるかのように両手を広げる。
『!!』
それを見て、俺は咄嗟に風の刃の攻撃方向を変えてしまった。
ザシュ、ザシュ……と小さな音を立てて、逸らし切れなかった風の刃がシャルの体にいくつかの傷を付ける。深手を負わせたものはなかったようだが、いくつかの傷からシャルの赤い血液が滲み出た。
「あれ? どうして直撃を外してしまったんだい、アダマント? 魔石のくせにこの娘を傷つけたくないのかな? ははっ!」
シャルの顔をしたデトリが勝ち誇ったように笑って言う。
――おい、シャル! これは思った以上にハードル高い課題だったぞ……。俺は心の中でシャルに文句をつける。
中に入っているのはデトリだと分かっていても、シャルの体を傷つけることに自分がここまで抵抗感を感じるとは……。
俺は自分の中に隠れていた予想以上の気持ちに気付いて愕然とする。
すると、俺の葛藤を見透かすようにデトリは薄く笑って、試すような口調で俺に話し掛ける。
「じゃあさ。君が大人しくこの世界から消えてくれたら、この子の人生を幸せにして返してあげるよ? って言ったら、君はどうするのかな?」
ほほぅ……。
デトリの提案に俺は耳を傾ける。シャルの体を無事にデトリから取り戻す術がない中で、それは案外悪くない条件に思えた。
――俺が死んで、丸く納まるならそれはそれで良いのかも知れない。
自分でも少し驚いたが、心の奥の方から湧き出てきたのはそんな諦観のような考えだった。そしてそこで俺はようやく自分の中のモヤモヤした気持ちの正体に気が付いた。
もしかして俺はシャルの事を死ぬほど大事に思ってるってことか……? それこそ自分の命よりも大切に思ってる?
そう気付いた途端、長く生き過ぎたせいで随分鈍感になってしまっていた渇いた心に、暖かくて甘い滴るような感情が少しずつ涌き出してきた。
ああ、そうか。
さっきシャルマーニのエクスカリバーを受け入れたのは、石に戻ってもいいと思ったからだ。なぜか? その理由はシャルにこれ以上辛い人生を生きて欲しくなかったから。今からでも新しい人生で幸せになって欲しいと思ったからだ。
今、デトリに乗っ取られているシャルの体を傷付けるのを躊躇したのはなぜか? この戦いが終わった後、デトリがシャルの体から出ていけば、シャルはまた人間として生きる道が残っていると思ったから。
うん。なんとなく、咄嗟に出てくる自分の行動の意味が分かってきたわ。
デトリは楽しんでいるような顔で、風のバリアと俺の姿を交互に眺めながら話を続けている。
「本当に君は厄介だからさ。私としては君にはなるべく手間なくこの世界から消えて欲しいんだよね? 完全に壊してやらないと君は無力化出来ないみたいだし? 抵抗されると結構面倒だし? 私としては君さえ居なくなってくれればとりあえず問題解決なんだよね。そうだ! この取引に乗ってくれるなら、残った魔石達に手を出すことも止めてもいいよ?」
その言葉を聞いたところで、俺は風のバリアを解いた。
――よっしゃ、その取引に乗ってやろうじゃないか。




