150話 神の本気
――デトリは強かった。
四天王の4人の攻撃を受けても、その表情にはいまだ余裕を残しているようにも見える。しかし、乗っ取っているサマル副団長の体自体はこの戦いでかなりのダメージを受けているようであった。
「ねえ、リムシュ!! デトリをサマルの体から追い出すことはできないの!?」
4人の魔石との激しい戦いで、次第にボロボロになってきているサマルの姿を見て、シャルが悲痛な叫びをあげる。
どうやらシャルの記憶が戻ったからと言ってシャルマーニの記憶は消える訳では無く、そのまま保持されているらしい。サマルを見つめる目はアダマント王国の女王シャルではなく、聖騎士団団長シャルマーニの目だった。
『物理的には可能なはずです。歴史を紐解けば『神』はこれまで様々な人間に乗り移りながら活動してきていることが示唆されておりますから。自らの意思であれば、出たり入ったりするのは恐らく自由でしょう。しかし、神の意思に反して、強引に体から引き離す、ということが可能なのかどうなのかは私にも何とも……』
リムシュが珍しく口籠る。それが逆に、神を追い出すということがとても難しいことなのだろうという事実を浮かび上がらせる。
「君達、もうそれで全力? じゃあ、そろそろ飽きてきたし、もう終わらせようかな」
4人の攻撃を受けながら、さらりとデトリが冗談のような言葉を呟く。
「ふざけるな……」
サファイアがそう言って攻撃体勢を作った瞬間、デトリが視認出来ないほどの速さで間合いを詰め、持っていた剣をサファイアの胸に深く突き刺した。
――瞬きをする間もなく、フワッとサファイアが光に包まれ、人の形が崩れる。
「サファイアァァア!!」
エメラルドが叫ぶと、今度はデトリはその場からエメラルドに向けて無数の氷の槍を飛ばした。
「!!」
身をかわす間もなく氷の槍の直撃を受けて、みるみるうちにエメラルドも光に包まれる。
「くっ!!」
デトリの本気の力を目の当たりにして、ダイヤモンドとルビーは咄嗟に連携を取り、目眩ましの魔法を放ちながらデトリを挟み撃ちにする。
「ははっ! 甘いね」
デトリは嘲笑するようにそう言うと、ダイヤモンドとルビーに向けて小さな、しかし鋭利な石の弾丸を降らせる。
……それは先ほどエメラルドが使っていた魔法だった。しかもエメラルドが使った時よりも何倍もの量、何倍もの速さの攻撃が二人を襲ったのだった――。
まさにあっという間の出来事だった。
一連のデトリの攻撃の後、魔王の間に残っていたのは体中ボロボロになったサマルと、地面に無造作に置かれた4つの美しい魔石だけであった。
「そ、そんな! エメラルド達が……魔石に……」
チルサムの震え声が聞こえる。
――マジか。デトリのヤロウ、強いとは思ったけど、ここまでとは……。魔石最強の4人だぞ、アイツら?
「あ~あ。せっかく良い体を手に入れたと思ったのに。もうこんなに傷んじゃったな……」
デトリはサマルの腕をブラブラさせながら、誰に言うともなく呟く。そしてふと、なにかに気付いた様にこちらに視線を向け、「ああ」と薄く笑う。
デトリの視線は俺の隣に立つシャルに向けられていた。
「新しい体に替えるって手もあるね?」
デトリの呟きに、シャルがピクリと肩を動かし、俺に刺さったままのエクスカリバーをグッと握り締めた。
『おや。追い出さなくても、自ら出て来てくれそうですよ』
リムシュがさきほどのシャルの質問に今さら答える。マジ、マイペース。デュオルが本の上でピョンピョンしながらリムシュを叱る。
『ばかやろ。それどころじゃねーだろうが』
そして呑気なリムシュの言葉とは裏腹に、トパーズが臨戦態勢に入り、キューちゃんはドラコーヌの本体に姿を戻した。
するとその様子を見てデトリが首を傾げて、笑みを浮かべながら口を開いた。
「あれ? 今の戦い見てなかった? 悪いけど、君達に私は倒せないよ?」
『アイツの言う通りだ。トパーズとキューちゃんは、ここに居る皆を守っていてくれ。……デトリは俺が引き受ける』
デトリの言葉に被せるように、俺はトパーズとキューちゃんに指示を出した。するとそこにすぐさまシャルが割り込んできた。
『やめて! このままアダマントとデトリが戦えば、サマルの体が壊れてしまう! 私の体をデトリに渡すわ!! そうすれば、サマルは助かるかもしれない!』
『ダ、ダメだ! バカなこと言うな、シャル。そんなことしたら今度はお前が……』
俺は思わず声を荒げる。しかし、シャルは落ち着いた声で言った。
『お願い、アダマント。デトリが私の体に入ったら、戦ってデトリを倒して。私は聖騎士団長なの、団員を守る責任を果たさせて』
それは以前にも見たことのある、決意したシャルの目だった。こういう目をしたシャルがもう止められないことはイヤになるくらい分かっている。……ったく、生まれ変わっても相変わらずの頑固者か。
『くっそ! てめー、シャル! 厄介な役割を押し付けんじゃねーよ!!』
『……ごめん。これはさすがに相棒失格だよね?』
『前にも言ったろーが、バカ! 相棒には失格なんて制度無いっつーの』
なんだか覚えのあるやり取りを交わすと、シャルはフフッと笑って、俺の体に刺さっていたエクスカリバーを躊躇なく抜いた。……くっそ、大丈夫?くらい言ってから抜きやがれ。
「よろしくね!」
そう言ってシャルは俺が何か言う前に、俺の隣から飛び出し、デトリに向かって走り込みながら剣を構えた。
「あれ? 君が戦うの? 君は私の信者だろう?」
デトリが不思議そうに呟く。
「貴方は私の大切な仲間を何人も傷つけた! 私の信仰は貴方のような『神』に捧げたつもりはないわ!!」
シャルがデトリに向かって叫びながら、エクスカリバーを横薙ぎにふるう。しかし、デトリはその剣戟をひらりと交わすと、にこりと笑った。
「ああ、記憶が戻ったんだ。なるほどね。ま、いいや。どっちにしたって君の体は私の物だからね」
デトリがそう言った途端、サマルの体がガクンと膝をつきそのままその場に倒れ込んだ。
そしてその直後にシャルが自分に向けてエクスカリバーを振り下ろした。――が、エクスカリバーの切先はシャルの心臓の少し手前でピタリと止まった。
「……危ないなぁ。ギリギリまで抵抗するなんて生意気だよ? でももう動けないよね?」
シャルの口調が突然変わった。




