144話 シャルマーニの戦い⑦~記憶
視点が変わります。
「シャル……。お前、本当に俺のこと忘れちゃったのか……?」
鍔迫り合いの状態にも関わらず、魔王が私の事をじっと見つめて小声で話しかけてくる。その声はなぜか優しく労わる様な響きを含んでいたので、不思議に心がざわついた。
シャルって私の事か? 魔王を忘れる? こいつは一体何を言っているんだ? 魔王の言葉に、私はなぜか妙な焦燥感を掻き立てられ語気を荒くして言い返す。
「何を訳の分からぬことを……!!」
「ハハハ。無理だよ。前世の記憶は全て消えているんだから。さあ、シャルマーニ。その魔王をさっさと退治するんだ!!」
私の言葉を遮るようにデトリ神が高笑いしたかと思うと、私に向かって命令を下した。
前世の記憶? その言葉に少し引っかかりつつも、私は聖騎士としての役目を果たすべくデトリ神の命令を遂行するため、エクスカリバーを振り上げて叫んだ。
「これで最後だ!!! 滅びろ、魔王!!!」
そのまま魔王へ向けて渾身の力でエクスカリバーを振り下ろす。――その時、また魔王が優しく私に話し掛けてきた。
「おい、シャル。悪かったな。俺のせいで変なことに巻き込んじまって」
……え?
魔王が発した言葉の意味を理解する間もなく、私の振り下ろしたエクスカリバーは魔王の胸を勢いよく貫いた。
――その瞬間、魔王の体から眩しい光が発せられ、ぐにゃりと体の形が乱れた。そしてそのまま魔王は次第に大きな黒い魔石へと姿を変えていく……。
私にはその様子がなぜかスローモーションのようにゆっくりと見えた。
「へぇ」
背後でデトリ神の呟く声が聞こえたが、私は目の前で起きている事態を飲み込めず、魔王に刺さったエクスカリバーを握り締めたまま、魔王が魔石に戻るさまをぼんやりと眺めていた。
今の一撃で魔王を倒した? ……そんな馬鹿な……。私だって相手と自分の力量差くらい分かる。魔王は決して私が一撃で仕留められる相手では無かったはず……。
『おい、シャル。悪かったな。俺のせいで変なことに巻き込んじまって』
さっきの魔王の言葉が頭の中で何度も繰り返される。そして同時に、その前にデトリ神が魔王に対して投げかけていた言葉も頭の中をグルグルと回る。
『君が大人しく石に戻るまで、彼女にずっと君と戦わせようと思っているんだ』
“彼女”と言うのは私の事? 魔王は私の為に、私に殺されたの?
ありえない答えが私の心の中に浮かび上がってくる。
「うそぉ!! アダマント様!!?? シャルマーニにやられちゃったの!?」
「うおおおおお!! 魔王様が魔石に!!!」
少し離れたところからエメラルドとアイアンの叫び声が聞こえる。
アダマントサマ? ああ、魔王の名前……か? そう言えば誰かもそう呼んでいたな。それにしても妙に聞き覚えがあるのは、あの滅びた国の名前と同じだからだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていると、突然頭の中に誰かの声が聞こえてきた。
『おい、アダマント。聞こえるか?』
え? 何、この声? 頭の中に……直接聞こえてくる?
『?? シフが喋ってる??』
また違う声……何なの? ――戸惑う私の頭の中に、そのまま二人の男の会話が流れ込んでくる。
『おお! 聞こえるんだな!! ったく、やっとだぜ!! 分かるか? 俺だよ、俺!!』
『おお……シフがオレオレ詐欺を……』
『はぁ? なにを訳の分からんことを』
『ってか、俺って誰だよ。分からねーよ。いや、なんか声は知ってる気がするけど、めんどくせーから早く名乗れよ』
『……はぁ、アダマント。いい加減、その面倒くさがりの性格直した方がいいぞ……って、説教してる場合じゃないか。――俺はデュオルだ。久しぶりだな、アダマント!』
……アダマントとデュオル?
『まだ思い出せないの?』
今度は突然、女の人の声が頭の中に響いた。その瞬間、アダマントとデュオルの会話の声は遠くなる。
『本当に記憶が消えているの? ……ねえ、シャルマーニだっけ? 私は貴女に話し掛けているのよ?』
その声が頭の中に響くのと同時に、魔王の魔石の中からキラキラした風の精霊が現れた。
『あなたは誰?』
私が頭の中で尋ねると、キラキラしたシフがエクスカリバーを通って、私の手元までフワフワと寄ってきた。
『私は貴女よ……。さあ、私の記憶を渡すから早く思い出しましょう』
そう言うと、キラキラしたシフが私の中にスゥっと溶け込んでいった。
『え!?』
と思う間もなく、頭の中に様々な記憶が流れ込んでくる。すごい勢いで流れ込んでくる記憶は何十年分もの記憶だった――。
頭の中に見たことも無い映像が次々と流れ込んでくる。――頭が痛い! 何これ!? この記憶は何なの!? 私はまだ17年しか生きていないのに、この記憶の量は何? ヤダ!! これは誰の記憶なの!? 風の精霊の記憶!? ……違う? ……私の記憶?
……あ……私の記憶だ……。
クリアになっていく記憶と共に、遠くから懐かしい声が聞こえてきた。
『……? ……ル? ……シャル!? おい、シャル!! 聞こえるか!? おい!! シャル!!!』
『……うるさいわね! アダマント!! そんな大きな声出さなくったって聞こえるわよ!!』
脳内に直接響く大声に、思わず脳内で怒鳴り返してしまう。
『……おまっ!? せっかく人が心配してやってんのに、何だよその態度は!? ったく、久しぶりに会ったってのに……』
ああ、アダマントの声だ……。大好きな、アダマントの声が私の心を震わす。
私は心の中から湧き出てくる暖かい感情のせいで思わず涙が出そうになる。嬉しさと、懐かしさと、愛しさが全部ごっちゃになって、おかしくなりそう。
……だから前みたいに、わざと憎まれ口をきいてみる。
『ねぇ、人の心配している場合? エクスカリバーが貫通しているみたいだけど?』
ふふ。ごめんね、アダマント。貴方との他愛ないふざけたやり取り、私、大好きだったの。だからまた、ちょっとだけ付き合って。
『テ、テメーの仕業だろうがぁぁ!?』
『お前ら、再会して早々に喧嘩すんじゃねー!!!!!!』
デュオルの声に遮られて、私は肩を竦める。ふふ、久しぶりにデュオルに怒られちゃった。
私は気を取り直して、記憶を整理しながら、改めて真面目にアダマントとデュオルに話し掛けた。
『私の魂の欠片……。あれからずっとアダマントの中に居たのね……』
『おう。そーみたいだな。俺も知らなかった』
ぶっきらぼうに答えるアダマントの声を聞いて、また愛しさがこみ上げる。
『……ありがとう』
今度は遂に我慢できなくなって少しだけ涙が零れた。
『な、なんだよ!! 泣くなよ!! 言っとくけど、お前が勝手に居座ってただけだからな。俺は別に何もしてねーし、知らなかったし。……そのなんだ、礼を言われるようなことは何も……』
私が泣いちゃったせいか、急にワタワタと動揺しながらアダマントは答える。
何もしてないと言っているけど、アダマントは存在し続けることで私の魂を守ってくれていた。この欠片が残ってなければ、私の記憶が戻ることは無かっただろう。……『神』の思惑通り。
『ちなみに俺はずっとアダマントの近くで風の精霊として生きてたみてーだ。ま、シフになってからのしばらくの記憶は無いがな。何十年も経ってようやくシフの体と俺の魂が馴染んだみたいで、ようやく数年前に自分が何者だったか思い出したんだ』
デュオルも自分のこれまでの状況を簡単に説明する。
『へー、そうなのか。なんでもっと早く知らせてくれなかったんだよ』
不満げにそう言ったアダマントの言葉に、デュオルが答える。
『もちろん自我が戻ってから、ずーっとお前に話し掛けてたってーの。けど、全然聞こえてないっぽいから諦めてたんだよ。で、さっきお前が石に戻ったのを見て一応話し掛けてみたってわけだ』
『ふーん、なるほど。人化しているときには聞こえなかったってことは、周辺探知能力じゃないと聞き取れないってことなのか? うーむ、どういう仕組みなんだ?』
デュオルの答えにアダマントはなにやら考え込む。
……そんななんだか呑気なアダマントの様子に、私は思わず口を挟んでしまう。
『ねえ、それよりも今は『神』をどうするか考えた方がいいんじゃないの?』
『え?』
私の言葉を聞いてアダマントは一瞬キョトンとする。……ああ。もちろんアダマントは石だからその表情を見た訳じゃないけれど、声の調子からいって絶対にキョトンとしてたに違いないと思うってことなんだけど。
『あー……やべ。そうだったわ』
私の頭の中には脱力してしまうような呑気なアダマントの声が響いたのだった――。




