142話 神の筋書き
「うるさい!!! 魔王に説教される筋合いなんかない!!!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は睨みつけてくるシャルマーニの顔を呆気に取られて見つめてしまった。
「離せ!!」
もう一度そう言って、強く振り払われたシャルマーニの腕を俺は思わずパッと離す。
――こいつ。今、俺の心を読んだのか?
そう。確かに、俺はシャルマーニに対して説教臭いことを思っていた。だが、口には出さなかった。だって、うっとーしーオッサンだと思われたらイヤだったし……。
俺は今しがたシャルマーニの腕を掴んでいた右手をじっと見つめる。
精霊も見えるみたいだし。シャルやレオと同じように俺の心を読み取れる種類の人間ってことか?
いや……そう言えばシャルマーニの腕を掴んだ時、ふわっと、なんだか懐かしいような不思議な感覚がしたような。
じっと見つめる右の掌には、まだ懐かしいような不思議な感覚が残っていた。
……妙に何かが引っかかる。俺は警鐘めいた予感を感じる。なんだ? この落ち着かない感じは? なにか重要なことを見落としているような……。
その時ふっと、過去の『神』の言動の記憶が蘇ってくる。
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ムカつく笑みを浮かべながら「ああ、君はいい子だね。じゃあ、頼んだよ」と、シャルマーニに掛けた言葉。
「仕方ないなぁ。じゃあ、やっぱり君達にアダマント……じゃなくて魔王って言った方がいいのかな? あの魔王を倒してもらおうかなぁ。ね、聖騎士の君たちはもちろん私の『お願い』聞いてくれるよね?」
――さっき、俺と戦いたいと言いながら、結局聖騎士に俺の討伐をするように仕向けていたっけ。
「そうすれば君も人間と馴れ合うのをやめるだろう? とにかく君は私の領域に入り過ぎたんだよ。後悔したって許してあげないからね。人間に壊されるまでせいぜい魔石仲間と馴れ合ってるといいよ。じゃあね」
――学院での戦いのときの去り際の言葉。俺を『人間に壊させる』ことに妙に拘ってたな。
『それにしても……どうやら君はまだ完全には心を取り戻せていないようだね……。仕方ない。しばらくは眠ってもらおうかな……魔石の記憶の残渣が消えるまではね』
――死んだはずのシャルに、俺の記憶が消えるまで眠ってもらうと言っていた……。じゃあ、俺の記憶が消えた後は……?
『それは君が生まれ変わりを続けていけば、いずれ見られるよ。だから、次の人生では魔石に関わらないで生きてくれ。さあ、まずはゆっくり休むといい……』
――ああ。そういえば、リムシュの死の際に、生まれ変わりの話をしていたな。
・・・・・・・・・・・・・・・
俺は思考しながら、ゆっくりとシャルマーニに視線を戻す。シャルマーニは俺の視線を受けて少したじろぐように肩を震わせた。
もし俺が『神』だとして、自分の敵である俺に最高の嫌がらせをしたいと考えるなら……。
そうだな……。初めて心を通わせた『人間』に、殺させようとするかもしれない。わざわざ『記憶を消して、生まれ変わらせて』から。
「……マジで趣味悪いこと思い付くよなぁ」
ぼそりと呟いた独り言に思いもかけず、返事が返ってきた。
「あぁ、ようやく気が付いた? ねぇ、面白い趣向だろう? 最高にゾクゾクするよね? この舞台を整えるのに、結構色々事前準備とかめんどくさかったんだよ?」
ダイヤモンドと戦っているはずの『神』が、いつの間にか俺達の戦いの場である玉座の近くに立っていた。
なんだよ。こいつもプロデューサー気取りかよ。
「テメェ。死んだ後までシャルのこと利用しやがって」
俺の言葉を聞いて、『神』は肩を竦める。
「だってそれが一番面白いだろ? ほら、おかげで君がそんなに怒るところを見られたじゃないか。私の計画を邪魔した君にはたっぷり後悔してもらわないとさ。ふふ……。君が大人しく石に戻るまで、彼女にずっと君と戦わせようと思っているんだ。……つまり、君が諦めるまで彼女は永遠に戦いの人生を繰り返すことになるんだけど。さ、君はどうする?」
楽しそうにペラペラと『神』が捲し立てる。
くっそ、コイツ調子に乗りやがって。俺はプロデュースするのは好きだけど、されるのは嫌いなんだっつーの!!
「……決まってんだろ。まず、お前から倒す!!!」
俺はそう言いながら『神』に向けて、いきなり巨大なシフの刃を飛ばした。
“ザシュッ!!”
しかし俺の放ったシフの刃は『神』に届く前に、切り裂かれた。いつの間にか『神』と俺の間には、エクスカリバーを構えたシャルマーニが立っていた。
「今は私との戦いの最中だ!! デトリ様には手を出させん!!!」
シャルマーニの背に守られるようにして、デトリが得意げにフフンと薄く笑う。……アイツ、マジムカつくわ。
「どけ、シャルマーニ!! そんな奴、庇うんじゃねー!!」
「黙れ、魔王!! 私は聖騎士!! 神に仕える誇り高き騎士だ!!」
そう言い放ち、シャルマーニは俺に向かってエクスカリバーを構えると、一気に間合いを詰めてくる。
「くそっ!」
俺は両手にウィンディを集め、今度は二本の氷の剣を作り出す。
間合いを詰めたシャルマーニが打ち下ろしてくるエクスカリバーを、交差させた二本の氷の剣で受け止める。
“ガキン!!”
二本の氷の剣は激しい音を立てつつも、砕けずにエクスカリバーを受け止めた。
ここまで少ししか戦ってはいないがシャルマーニの実力は大体分かった。人間にしては強いのだろうが、俺を倒すほどの力はない。エクスカリバーにさえ気を付けていれば俺がシャルマーニに倒されることはないだろう。……だが。
俺は間近にあるシャルマーニの顔をじっと見つめた。
――本当にこいつがシャルの生まれ変わりなのか? 見た目は全く違う。違うのに……。俺はまたさっき感じた、懐かしいような不思議な感覚を思い出す。その感覚が、答えを雄弁に語っていた。
「シャル……。お前、本当に俺のこと忘れちゃったのか……?」
我ながら完全に『神』の狙い通りになってしまっていると認識しつつも、思わずシャルマーニに話し掛けてしまった。
……もしかして、呼び掛ければ思い出してくれるのではないか、なんて甘い考えが頭を過ぎる。だって俺、色々チートだし……。
「何を訳の分からぬことを……!!」
しかしそんな願いも虚しく、シャルマーニは怒りを含んだ声で俺を拒絶する。
「ハハハ。無理だよ。前世の記憶は全て消えているんだから。さあ、シャルマーニ。その魔王をさっさと退治するんだ!!」
後ろでは『神』が楽しそうに笑う。――あのヤロウ。マジで、ムカつく……。
「これで最後だ!!! 滅びろ、魔王!!!」
『神』の言葉に後押しされて、シャルマーニが大きくエクスカリバーを振り上げた。
『君が諦めるまで彼女は永遠に戦いの人生を繰り返すことになるんだけど』
俺の頭の中にはさっきの『神』の言葉が蘇る。
――あー、マジでムカつく……。
「おい、シャル。悪かったな。俺のせいで変なことに巻き込んじまって」
俺はエクスカリバーを振り下ろしてくるシャルマーニ……の魂に向けて、謝る。
そしてそのまま、自分の胸に落ちてきたエクスカリバーの刃を受け入れた――。




