141話 シャルマーニの戦い⑥~相棒
視点が変わります。
「ふ。身の程知らずの人間が……。地獄で後悔するがよい!!!」
立ち上がった魔王がおもむろに右手を持ち上げると、巨大な炎が魔王の間に吹き上がった。同時に大きな爆発が起こり、周囲が土煙に覆われる。
「魔王は私が倒す。皆、手を出すなよ」
咄嗟に叫んだ私の言葉に、すぐ近くに居たヒューズがバッと顔を上げて異論を口にした。
「団長!! 俺も一緒に魔王と戦う!! もう一対一にこだわっている場合じゃないだろ!!」
続いてグランダルの声も少し離れた場所から聞こえた。
「そ、そうだ! 俺達も協力して皆で魔王を……」
「あはは! ダメダメ!! ヒューズはエメと戦ってもらうんだからぁ!!」
突然グランダルの声を遮るように、はしゃいだようなエメラルドの声が私達の頭上に響き渡った。
――な!? エメラルドがヒューズと戦う?
エメラルドの言葉に動揺していると、続けて野太い男の声が響く。
「魔王様からは一対一の試合を、と言われておる。既に戦いの終わった者は手出し無用である。もちろん私も含めてな」
この声は……試練の間にいた門番の声? いつの間にか私達の間近まで来ていた門番の男が牽制するように、立ちはだかっていた。
私は一瞬、逡巡する。この状況でこの場に仲間たちを残していくのは判断として正しいのか……。
しかしすぐに決意する。今こそ魔王の不意を突くチャンスだ。このタイミングを逃す訳にはいかない!
私は仲間たちを信じ、立ち塞がる二人の魔石の脇をすり抜けて一直線に魔王の玉座へ向かう。
「魔王!! 覚悟!!」
抜き放った聖剣を水平に構えて、魔王が立っていた辺りに向けて飛び込む。視界が悪いなかで不意を突いたのだが、次の瞬間目に入ったのは私の渾身の突きを事も無げに躱している魔王の姿だった。
私はカッと頭に血が上り、また前回体よく逃げられたことも思い出して、魔王に対して挑発的な言葉を投げかける。
「……この間は上手く逃げられたが、今度こそ決着をつけてやる!! 私の聖剣エクスカリバーから何度も逃れられると思うなよ!!」
すると魔王はなぜか少し驚いたような顔をすると、そのまま無言で何かを考え込むような顔つきになった。そのまま、心ここに非ずといった表情をしながらも、しかし私の連続攻撃を難なく躱す。しかも躱すだけで全く反撃もしてこない。
なんだか自分が踊らされているような気持になり、悔し紛れに叫ぶ。
「くっ! なぜ反撃しない!! また私が女だからと言ってバカにしているのか!!」
そう言った途端、魔王がフッと顔を上げて私の目を見つめた。……な、なんだ? 戦っている相手に向ける視線では無い様に感じて思わず心臓がドキンと高鳴る。
「なあ、その『エクスカリバー』って誰が名付けたんだ?」
そんなタイミングで魔王の口から飛び出したのは全く予想もしない問いだったので、更に気勢を削がれる。
……『神』から授けられた聖剣の名を誰が名付けたか、などと考えたことも無い。唐突な質問に私は混乱してしまい、思わず心の中に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまう。
「な! ふざけるな! 真面目に戦え!!」
「いや、ちょっと気になっちゃってさぁ」
悪びれた様子もなくそう答える魔王に対して、妙な脱力感を覚える。そしてやけに馴れ馴れしいその態度に接して、あろうことか親近感の様な気持ちが湧いてきていることに気が付く。
一体何なんだ。なぜこんなに調子を崩されてしまうのだ。いつもなら戦いの場でこんなに集中を乱されることなどあり得ない。これが魔王の魔力なのか?
さきほどから魔王の言動に簡単に振り回されてしまっている自らの感情に苛立たしさを感じる。
「おのれ!! 余裕ぶるのもここまでだ!! 喰らえ!!」
私は自らの感情に気付かないフリをして、聖剣から炎の必殺技を繰り出した――。
・・・・・・・・・・・・・・・・
私の必殺技は炎も氷も岩石も魔王に決定的なダメージを与えることはできなかった。
しかし、今しがた放った渾身の聖剣の一振りで魔王の首に大きな傷を付けることが出来た。まあ、普通の人間であれば頸動脈が切れて出血多量になるであろう場所に斬りつけたはずではあったが、魔王からは血の一滴も流れなかったのでダメージを与えられたかまでは分からないのだが。
しかし、私の聖剣が魔王を切り裂くことが出来ると分かっただけでも十分だ。全く歯が立たない相手では無いという事が分かったのだから。
私は『聖剣エクスカリバー』を握り締める。二年前に教皇様から戴いた『神より授かりし聖剣』だ。自分の武器と言うよりもむしろ、信頼できる相棒と言った方が相応しい。
戦いの最中だと言うのに、私はなぜか唐突にエクスカリバーと初めて出会った時のことを思い出す。
あれは聖騎士団団長への叙任式の時だった。初めて触れた瞬間に『エクスカリバー』は私を優しく包み込むように光を放った。
神官たちは『聖剣エクスカリバー』が私を認めたのだ、というようなことを言っていたが、私はむしろ懐かしい親友に再会した時のような不思議な気持ちになっていた。
あれ以来『エクスカリバー』と私はいつも一緒だった。危ない時はいつも『エクスカリバー』が私を助けてくれた。そう『エクスカリバー』と一緒なら、魔王だって倒せるはずだ!!
私は信頼する相棒をもう一度握り締めると、攻撃の構えを取った。――次の一撃で勝負を決めてやる。
私が気合を入れた瞬間、また気が削がれるような声で魔王が話し掛けてきた。
「なあ? シャルマーニって言ったっけ? お前にいいコト教えてやろうか?」
「……き、気安く呼ぶな!!」
魔王のふざけた態度に思わず声を荒げる。 本当に、なんなんだ? こいつは?
「おー怖え……。けど教えちゃおー。お前さ、気付いて無いかもしれないけどさ。その大切に持ってる『エクスカリバー』って剣。どうやら俺の欠片を使ってるっぽいんだけど、知ってた?」
なんだかワクワクしたような口ぶりで、魔王がとんでもないことをサラリと口にする。
「な……」
私があまりの事に固まっていると、魔王は更にニヤニヤしながら付け足す。
「ってことはだ。『聖剣』って言うよりも、どっちかっつーと『魔剣』ってことだよな? な? だって、俺の欠片を使ってるんだもんな!」
「……貴様ッ……」
エクスカリバーを握り締める右手が怒りで震える。言うに事欠いて、エクスカリバーが魔剣だと!? 大切な相棒を汚された気持ちになり、私の中で怒りが爆発する。
「エクスカリバーは私の相棒だ!! 侮辱することは許さん!!」
叫びながら私は魔王の間合いに入った。このまま切り裂いてやる!!
私が振り下ろしたエクスカリバーを、魔王は「うぉっ!」と言いながら氷の剣で受け止めた。が、受け止めた瞬間、氷の剣は砕け散った。当たり前だ。そう何度もエクスカリバーの攻撃を受け止められるわけがない。
「ヤベっ!!」
魔王が驚いた様に叫ぶ。私はチャンスとばかりに、そのまま力の限りエクスカリバーを振り下ろした。
“ガキンッッ……”
鈍い音がして、エクスカリバーを持つ手に重い衝撃が走る。
「何!!??」
なんと魔王がそのまま空いていた左手でエクスカリバーを受け止めていたのだ。私は驚きで目を瞠る。
エクスカリバーを素手で受け止めるだと!?
「……こ、これは!! 矛盾……!? この場合、どっちが強いんだ!?」
魔王が何だかよく分からないことを呟きながら、なにか驚いているようだ。
……いや、そんなことより! なぜエクスカリバーで魔王の左手が斬れないのだ……? さっきは魔王の首を斬ることが出来たのに!!
おのれ!! 私はそのままの体勢で、更に力を込めてエクスカリバーの刃を押し込む。
「イヤイヤ、今矛盾の解明をしてる場合じゃねーな……」
魔王がまたなにかブツブツと独り言を言っていたかと思うと、急に顔を上げて私の腕をガシッと右手で掴んだ。その瞬間、掴まれた腕がふわっと不思議な暖かい感覚に包まれる。なんだ!? 魔法か!?
「な、離せ!!!」
魔法で腕を吹き飛ばされると思い、全力でジタバタする。しかし飛んできたのは魔法では無く、魔王の説教だった……。
『ったく、このガキが! その剣が相棒だって言うんなら、ちゃんと相棒の本質を知りやがれ!! 頭から否定しやがって!! 『聖』だろうが『魔』だろうが、自分が認めた相棒ならそんなこと関係ねーだろうが!!!』
「うるさい!!! 魔王に説教される筋合いなんかない!!!!」
私は腹立ちまぎれにそう叫び、顔を上げて魔王を睨みつけた。
すると魔王は私の腕を掴んだまま、驚いた様にキョトンとした顔で私を見つめていた――。




