139話 魔王の間
ふ、ふざけるなぁあああああああああ!!!!!!!!
俺はエメラルドの魔法で作られた亀裂に飲み込まれながら、声なき叫びをあげた。
エメラルドの奴、いくら面倒くさいからって仕事をぶん投げすぎだろ!!! もっと自分の職務には責任を持ってだなぁ……。と、ここまで考えてふと冷静になる(ちなみにこの間1秒)。
……いや、待て。
いかん、いかん。仕事の失敗を部下のせいだけにしているようでは、しがないブラック企業の管理職レベルに自分を堕とすことになってしまう。しっかりしろ、俺はこのプロジェクトのプロデューサーなんだぞ!!
エメラルドを案内係に任命したのは俺だし、ダイヤモンドを四天王に入れたのも俺だ。つまり失敗したらそれは全て俺の責任!!!
大丈夫!! まだ失敗はしていないんだ、諦めるのはまだ早い!!!! ここからがプロデューサーの腕の見せ所だ!!(ここまでで2秒)
よし。まずは状況把握だ。
エメラルドはさっき『全員、魔王の間に運ぶ』と言って、この亀裂を作り出した。――という事は、この落下した先に魔王の間があるということなのだろう……。
であれば、魔王である俺がまずは誰よりも先に魔王の間へ到着しなければならん!!
そう結論付けると、俺はすぐさま風の精霊を集め、集まったシフ達を二つに分ける。
そして片方のシフのグループには、俺以外の落下中のメンバーをクッションのようにふわりと受け取めさせて、ゆっくりと落下してくるように命令をする。
そしてもう半分のシフ達には俺の周りに風を作らせ、亀裂の最奥へ向かってジェット機のように俺の体を風で飛ばしてもらう。
そのまま俺は自由落下するよりも何百倍も早く、エメラルドの作った亀裂を下に下に降りていく。亀裂は随分深く続いていたが、ある地点まで落下すると突然狭い亀裂を抜けて、目の前に巨大な空間が広がった。
「ここが、魔王の間か? ……ああ、絶対そうだな」
疑問を抱く間もなく、広間の床に勢いよく着地した俺の目の前にはゴテゴテとしたドラコーヌの彫刻が彫り込まれた巨大な玉座が据え付けられていたのだった。うむ、このイイ感じに厨二的な意匠はエメラルドの作ったものに違いない。
そしてもう一つ。その玉座の近くにアイアンが立っていたことも、ここが魔王の間であることを物語っていた。
「ま、魔王様? 随分とお早い到着で……。と、言うかなぜ上から? 急に天井に亀裂が入ったので驚きましたが、魔王様の御業でしたか」
アイアンが突然上から降ってきた俺に驚いた様に声を掛ける。
「いや、亀裂はエメラルドの仕業だ。細かい説明をしている暇がないが、今からここに客が来るのだ。急いで準備をする!!」
「は、はい!! 承知いたしました。とりあえず、先立ってご指示いただいた衣裳はこちらに運び込んでおきましたが……」
アイアンが玉座の脇に置いてあった布のような物を持ちあげて、俺に報告する。
「よっしゃ。これがあれば大丈夫だ!!」
俺はアイアンからその布を受け取ると、歌舞伎の引き抜きもかくやの早さでその布を身に着ける。……そう。これは俺が特別に仕立てさせた魔王用衣装なのだ。
『試練の間』での戦いが終わったアイアンを地下居住区に帰らせるときに、そろそろ納品されているはずのこの衣装を魔王の間に置いておくようにと指示していたのだ。
漆黒の布地で出来た西洋貴族風のゴージャス衣裳。更にその上に羽織るゴージャスな漆黒マント。ポイントは裏地だけが鮮烈な赤色ってところだ。チラリと見える真っ赤な裏地が魔王の凶悪イメージをより際立たせてくれるのだ。
まあ、色々と拘り過ぎてデザイン入稿も素材発注も締め日に間に合わず、こんなギリギリのタイミングの納品になってしまったのだ。
……いや、だが最終本番に間に合っているから結果オーライかな? よし、ここはポジティブ思考でいこう。……この素晴らしい魔王装束が、なんとかギリギリ納品に間に合ったのだ!!
「どうだ? アイアン隊長?」
俺はワクワクしながらアイアン隊長に衣裳の感想を求める。しかしアイアン隊長はキョトンとして答えた。
「は? どう、とは?」
「……」
だめだ。アイアン隊長に聞いた俺が悪かった……。エメラルド! 早くエメラルドに感想を聞きたい!!
その時、天井の亀裂の方からシフが少しづつ魔王の間に入ってきはじめた。
おっと、まずい!! 無駄話をしている場合じゃなかった!!!
「アイアン!! そろそろ客が来るぞ!!!」
俺はアイアンに声を掛けると、超速で『魔王の玉座に座って足を組み、肘置きに右肘を立てて置き、右手の甲に顎を乗せる』というお約束の?魔王ポーズを作った。
俺が魔王ポーズを作った約5秒後に、天井からフワフワとエメラルド、ダイヤモンド、4人の聖騎士、そして『神』が乗り移ったと思われるサマル、の7人がゆっくりと降りてきた。
魔王の間に入った瞬間に皆が俺を見つけたようだったが、それぞれのリアクションがあまりに違うので、なかなか楽しめた。
まず、エメラルドは既に俺が魔王の間に居たことに驚いたようで、「あれ~?? いつの間に??」と首を傾げていた。
ダイヤモンドは俺の姿を見つけても、特に何の反応も示さない。少しくらい反応しろよ。
4人の聖騎士は驚いた素振りを見せたのは一瞬で、すぐに俺が魔王と分かったのだろう。全員即座にいつでも戦えるような戦闘態勢に入っていた。流石は最強の聖騎士メンバーだなぁ。
そして『神』である。先ほどのやり取りでサマルに『神』が乗り移っているのは確定だろう。
奴は俺の姿を見ると「フフ」と笑った。……何が可笑しいんだよ……と若干イラついたが今は我慢我慢。これから重要なシーンだからな。
俺は聖騎士達の方を向いて、少し腹に力を籠め出来るだけ威厳のある声で言った。
「よくぞここまで辿り着いたな、人間共よ。だが、それもここで終わりだ。貴様らには俺が引導を渡してやろう……」
「あれ? 私の事は無視なのかな? 久しぶりに会ったのに、つれないなぁ」
『神』が俺の言葉を遮って、ふざけた様に声を上げる。
……うっせーな。流れってもんがあるんだよ!! 邪魔すんじゃねー。っつか、絶対コイツ嫌がらせのつもりだろ。
俺はイラつきながらも、冷静さを失わないよう注意して言葉を発する。
「ほぅ。招かれざる客も来ているようだが……」
そう言いながら、ダイヤモンドをチラ見する。ダイヤモンドは俺の視線に気が付くと、
「そいつは俺の獲物だ」
と、口を開いた。
「ええ!? 私はアダマントと戦いたいって言ってるのに……」
途端に『神』が不服そうな口調で口を挟む。が、すぐに声音を変えて、聖騎士達に笑顔で話し掛ける。
「仕方ないなぁ。じゃあ、やっぱり君達にアダマント……じゃなくて魔王って言った方がいいのかな? あの魔王を倒してもらおうかなぁ。ね、聖騎士の君たちはもちろん私の『お願い』聞いてくれるよね?」
「な!?」「お願い?」「おい、サマル!! いい加減、正気に……」
突然話し掛けてきた『神』に対して、シャルマーニ以外の三人が戸惑ったように答える。が、その言葉を遮ってシャルマーニが口を開いた。
「……は。元よりそのつもりです。魔王退治は我々にお任せ下さい。我らが主よ」
そう言ってシャルマーニは『神』に対して、膝を折って祈りを捧げる。三人の聖騎士達は一瞬呆気に取られていたが、すぐにシャルマーニに従って膝をつき頭を下げた。
その様子を俺は興味深く見つめる。
へぇ。流石に聖騎士団の団長だけあるな。シャルマーニって奴だけは恐らくすでにサマルの体に入っているのが、自分達の信仰対象である『神』であることに気付いているようだ。……他の三人はまだ、サマルが頭でも打っておかしくなってるとでも思っていそうだが。
「ああ、君はいい子だね。じゃあ、頼んだよ」
『神』はムカつく笑みを浮かべて俺の方を見ながら、シャルマーニに言葉を掛ける。
ま、元々アイツの狙いは人間に俺を倒させることだからな。この対決構図の方がアイツとしても楽しいんだろう。俺の嫌がることをよく分かってるじゃねーか。悪趣味野郎が。
なんて、心の中で『神』の悪口を言っていると、今度は立ち上がったシャルマーニが俺に剣の切っ先を向けて煽ってきた。
「さあ! 悪行もここまでだ!! 覚悟しろ、魔王!!!」
おお! 俺はゾクゾクッと武者震いをする。なんというテンプレ……否。粋なセリフだ!! イイよイイよ!! その調子!!
興が乗ってきたので、俺もワザとゆっくりと立ち上がり、シャルマーニに言葉を返す。
「ふ。身の程知らずの人間が……。地獄で後悔するがよい!!!」
自分で言って、そのセリフの出来の良さに身震いする。
やべぇ!! カッコいい!! これはこのままボス戦スタートだ!! 戦いを始めねば!!
とり急ぎ、俺は派手そうな炎の魔法をぶっ放して、戦いの狼煙を上げたのだった。




