138話 シャルマーニの戦い⑤~信仰と恐怖
視点が変わります。
「ああ、いい器だ。魔力もそこそこあるし、肉体の頑強さも前回より優れている。よくやったね、ジェム」
よく分からないことを言いながら、ゆっくりとサマルが起き上がった。雰囲気も声もいつものサマル副団長とは全然違う。感じたことの無い不思議な威圧感に、私も、周りに集まった聖騎士の皆もただただ呆然とサマルを見つめることしかできない。
そして私達が周りにいるのにも関わらず、まるで目に入っていないかのように振舞うサマルの様子に、強烈な不安感が沸き上がる。
「……サマル?」
私は不安感に圧し潰されそうになるのを堪えて、なんとか小声で呼び掛けてみる。しかし、サマルの耳には届かないようだった。
「……別にお前の為にやったわけじゃない。勝手にそいつが絶望しただけだ。だが、その様子だとそいつは器として使えるということか?」
少し離れた場所に立っていた銀髪の男、そう、先ほどサマルと戦った男が、起き上がったサマルを興味深そうな目で見つめながら話し掛けた。
私の呼び掛けには答えなかったサマルが、銀髪の男の質問には答える。
「ふふ……そうだね。理想的だよ。強い信仰心、強い魔力、強い肉体。彼には目を付けていたけど、精神力も強すぎるから絶望することなんてないと思っていたのだけどね。君との実力差によほどショックを受けたみたいだね」
サマルが自分の両手を確かめるように、開いたり閉じたりしながら答える。
ざわざわと沸き上がる不安感が更に大きくなる。こいつらは一体何の話をしているんだ?
「……ちょっとぉ、ダイヤモンド。 何なの? 勝手に話を進めないでもらえるかなぁ?? アンタの出番はもう終わったでしょーが。いつまでもチョロチョロしてないでさっさとどっか行ってもらえるかなぁ」
エメラルドが怒りを滲ませた声で、二人の会話を遮る。どうやら二人のやり取りはエメラルドもよく分かっていないようだ。エメラルドの横槍で、場の空気がやや変わったことに、私はなぜだか少しホッとする。
「ふん。まだ俺の戦いは終わっていないぞ。デトリの器が見つかったんだ。俺はそいつともう一度戦う権利がある」
『デトリの器』? その言葉を聞いた瞬間、私は以前教皇様に聞いた話を思い出し、頭が痺れるような感覚を覚えた。
そう、あれは確か教皇様の兄上様のご容態をお伺いした時だった――。
・・・・・・・
「教皇様の兄上様は未だお目覚めにならないのでしょうか?」
まだ幼かった私は、教皇猊下の兄上が数年来意識不明で眠り続けているのだという話を誰かから聞いて、無邪気に聞いてしまったのだ。
「……お兄様は『神の器』となったのですから、目覚めなくても良いのですよ」
優しく私の頭を撫でながら、教皇様はそう教えてくれた。
「神の器?」
私が聞き慣れない言葉に首を傾げると、教皇様は優しく教えてくれた。
「ええ。デトリ神は信仰心の篤い信者を選び、その身体に降臨されることがあります。それが『神の器』となることです。それはすなわち神に選ばれたということ。ヴィータ教信者にとっては大変名誉あることです。選ばれし者は自らが神の一部となることで永遠の幸せを手に入れることが出来るのですから」
「けど、兄上様とお話しできなくなって、寂しくは無いのですか?」
「お兄様がデトリ神に選ばれたことは誇らしいことです。何を寂しく思うことがありましょう?」
教皇様はいつも通りの笑みを浮かべていたが、なんだか少し寂しげで、子供ながらにそれ以上その話を続けることはできなかった。
・・・・・・・・
まさか……まさか……。
サマル副団長が『神の器』に選ばれたというのか!? では今サマルの体で話しているのは『デトリ神』という事なのか?
目の前で起きていることが、現実であると認めることが出来ない。
そして、サマルが『神の器』に選ばれたのかもしれないと気付いても、私には教皇様の仰られていた誇らしい気持ちになることはできなかった。
自分が団長を務める聖騎士団の副団長が、神に選ばれ『神の器』となる栄誉を賜る――。もちろんヴィータ教の信徒ならその栄誉を誇るべきところだ。
だが……。『神の器』になるという事は、『死ぬ』と同義なのではないだろうか?
無意識にぶるりと体が震える。
子供の頃にうっすらと感じたけれど、心の奥底に閉じ込めた疑問がムクムクと大きく膨らみ始める。
サマル副団長との数々の思い出が脳裏を掠めて、心が引き裂かれそうになる――。
が、その時、エメラルドの大きな声が私を現実に引き戻した。
「はぁ? あんたとサマルふくだんちょおの戦いはさっきで終わりでしょ? なに、何とかの器って。わけわかんないコト言って、エメのこと出し抜こうとしたってそうはいかないんだからねー!!」
エメラルドに大声で責められて、面倒くさそうに銀髪の男が答える。
「うるさいヤツだな。アダマントの許可は取っている。文句があるならアイツに言え」
「はぁぁあああ? どういう事?? ダイヤモンドだけ何回も戦っていいってこと?? うっそ。ズルくない???? アダマント様がなんでそんな許可出すの????」
銀髪の男が面倒くさそうに回答した内容は、更にエメラルドの怒りに火を注いだようだ。エメラルド……あんなに強い銀髪の男にそんなに突っかかって大丈夫なのか? と私は思わず心配になる。
「……だから、本人に聞けよ。俺は今からデトリと戦うから忙しいんだよ。なぁデトリ?」
銀髪の男はそう言って、『神の器』となったサマルの方へ話を振る。
「ええ? キミ、まだ私と戦いたいの? 私よりもアダマントと戦ってくれないかなぁ? 私だってこう見えて忙しいんだよ。それともキミもアダマントに篭絡されちゃった?」
軽い言葉遣いとは裏腹に、冷たい威圧感を感じる声で『デトリ神』は答える。
なぜかその声を聞いた途端、体の奥底から得体のしれない恐怖感が湧き上がり、ブルっと体が震えた。他の聖騎士の皆も同じ感覚を味わっているようで、青ざめた顔をしている。
「篭絡? ハッ! 笑わせるな。俺は強い奴と戦えるなら誰でもいいって言っただろ。今は戦える状態のお前が目の前にいる。それ以外に何か理由がいるか?」
「ええ~。君と戦うためにわざわざこの体に降りた訳じゃないのになぁ……」
「ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ、うるさ~~~い!!!!」
エメラルドがついに堪忍袋の緒が切れたとでも言うように叫んだ。そして今度は他の誰かに伝えるようにエメラルドは周りをキョロキョロと見回しながら大声で言った。
「もぉ面倒くさいから全員魔王の間に運ぶからぁ!!! 何とかしてねぇ!!! アダマント様!!!!」
……誰?
と私が思う間もなく、ゴゴゴゴゴ……と低い地鳴りのような音が広場に響き渡る。
そして、足元が小刻みに震えたかと思った瞬間、巨大な亀裂が地面を走り、私たちはあっという間にその亀裂に飲み込まれたのだった――。




