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135話 シャルマーニの戦い④~過去から繋がる現在


視点が変わります。



「あれは!! 『大剣・クイーンズラース』!? なぜ、あの女が持っているんだ!?」


 サマル副団長が、赤い髪の女が出した大剣を見て驚きの声を上げる。


「クイーンズラースだと!?」


 サマル副団長の言葉を聞き、私も思わず声を上げる。


『大剣・クイーンズラース』。


 帝国の国宝でもあるS級魔石『ハート・オブ・クイーン』を(つか)に嵌め込み、炎の魔法を付与した大剣のことだ。アダマント戦役の折に、帝国軍を率いたピトーハ皇太子と共に行方不明になったと聞いていたが……。


「サマル。間違いないのか!?」


 私は俄かには信じ難く、サマル副団長に念を押す。


「ええ。あの特徴的な柄の形状は『クイーンズラース』に間違いありません。しかし肝心の『ハート・オブ・クイーン』は外れているようですね……」


「いや。だが、魔法が来るぞ!!」


 確かに、大剣の柄の部分には魔石らしきものは付いていない。しかし、私には例の『なにか』が大剣に集まってきているのが見えた。


 赤い髪の女が『大剣・クイーンズラース』を軽々と片手で中段に構える。その瞬間、大剣の刀身が炎に包まれた。


「わたくしは負ける訳にはいきません。手加減はしないのでそのおつもりで」


 赤い髪の女が、なぜか戸惑っているウィルムナにそう言い放つと、素早い動きでウィルムナに燃え盛る大剣を振り下ろした。


 ――甲高い金属音が広間に響き渡る。


 赤い髪の女が振り下ろした大剣を、ウィルムナは頭上に掲げた剣で受け止めていた。しかし女がクスリと笑うと、大剣の炎が生き物のように蠢きはじめ、ウィルムナの剣を伝うように燃え広がる。


「くっ」


 咄嗟にウィルムナは渾身の力で大剣を弾き返し、そのまま目にもとまらぬ速さで剣を大振りし、絡みついてきた炎を振り払う。


「ふふ。案外楽しめそうね」


 ウィルムナの無駄のない動きを見つめ、赤い髪の女が艶やかな唇を美しく引き上げて妖艶に笑う。


 グランダルもサマルも、ヒューズですら、美しい笑みを浮かべる赤い髪の女に釘付けになっている。……これが大人の女の色気というものなの!?


 これまでにも美しい貴族の女性は何人も見てきたが、これほどまでに危険な美しさを醸し出している女性は居なかった。同じ女であるはずの私もドキドキして赤い髪の女から目が離せない。


「カリナドゥナ様!!」


 ウィルムナが悲壮な声で、赤い髪の女に呼び掛けた。


「「カリナドゥナ!?」」


 グランダルとサマルが同時に声を上げる。もちろんその名を聞いて、私も驚いた。


 カリナドゥナと言えば、帝国で知らぬ者は居ないだろう。帝国建国時代の英雄ファラムナ・イスカムル将軍の娘。そしてハッティルリ二世の皇后であり、ハッティルリ三世の母親である女性の名だ。


 あの赤い髪の女が、帝国の母カリナドゥナだと言うのか!?


「ど、どういう事だ!?」


 プルテーヌも信じられないという顔で皆を見回す。それもそうだろう。歴史上の人物であるカリナドゥナがこの場にいるなんて、誰が信じられるのか?


 しかし、イスカムル家の末裔であるウィルムナのあの取り乱しようはどうだ? いつも冷静で物腰穏やかなウィルムナがあんなに焦っているところを見ると、妙に信憑性が高く思えてくる。イスカムル家の奥には密かにカリナドゥナの姿絵が納められているとも聞くし。


 考えてみれば、女性相手の戦いにウィルムナが自ら志願するなどいつもならありえない話だ。という事は、少なくともウィルムナはあの女をカリナドゥナだと信じているという事か。


「手加減はしないと言いましたよ。ウィルムナ・イスカムル」


 赤い髪の女がそう言うと、再び『大剣・クイーンズラース』がその刀身から巨大な炎を噴き出した。同時に周囲に漂う『なにか』も活性化して激しく蠢く様子が見える。


 活性化した『なにか』は大剣の炎だけでなく、周囲に広がるマグマにも影響を与え始め、ステージ周辺のマグマがボコボコと激しく沸き上がった。


「……私は貴女とは戦えません……このまま殺してください」


 苦渋の表情でウィルムナはそう呟くと、静かに剣を鞘に納め頭を垂れる。


「そう? せっかく楽しめると思ったのに、残念ね」


 興味を失ったかのように乾いた声で赤い髪の女が一言呟いた。


 まずい! このままではウィルムナは本当に殺されてしまう!! そう思った途端、私は赤い髪の女に向かって叫んでいた。


「降参だ!! この戦いはこちらの負けでいい!! 剣を収めてくれないか!?」


 赤い髪の女が剣呑な視線をこちらに向ける。私に向けたその目線はウィルムナに対峙している時よりも一段と厳しいものであった。


 ヒヤリとしたものが私の背筋を伝う。


「……貴女がルルリナの子飼いの聖騎士ね? アダ……いえ、魔王様に条件を持ちかけるなんて、相変わらずルルリナは身の程を知らない女みたいね。性懲りもなくまだ魔王様を狙っているのかしら?」


「な……」


 赤い髪の女が突然冷たい声音で、教皇様を貶める言葉を吐いたことに驚いて思わず絶句する。同時に様々な疑問が一瞬で頭を駆け巡る。


 なぜだ。なぜこの女は教皇様の本名を知っている? 『相変わらず』という事は教皇様とすでに面識があるということか? それに『性懲りもなく』とはどういうことだ? 以前も何かあったという事か? まさかそんな……いや、だがそう言われてみれば魔王と対峙した時の教皇様もなぜかソワソワしていたような……。


 グルグルと頭の中を駆け巡る疑問を何とか落ち着かせ、なんとか一つだけ質問をする。


「条件と言うのは……こちらが勝ったら魔王にヴィータ教団に入ってもらうという約束の事か?」


 私は魔王が教皇様に今回の戦いを持ちかけた時の様子を思い出しつつ答えた。あの時、教皇様は『……もし。私達が勝ったら、私のモノになりなさい。魔王』と仰っていた。『教皇様のもの』即ち、ヴィータ教徒になれという事だろう。


 私の言葉を聞いて、赤い髪の女は眉根を寄せる。マズい。何か怒らせてしまったか?


「そう言う意味かしら?」


 ぼそりと赤い髪の女が呟いた。他にどんな意味があると言うのだろうか? 私は何も答えられずそのまま無言で立ち尽くす。


「まあ、良いわ。どちらにしてもこちらが勝てばルルリナにアダ……魔王様を近づけずに済むのだから。とりあえず、今の戦いは私の勝ちという事で異論はないわね?」


 念を押すように赤い髪の女が私を見つめてそう言ったので、私はコクンと頷き同意を示す。


「ではこれにて試合終了ね。ああ、ウィルムナ。貴方、剣の腕はまあまあだけど、心構えがなっていないわね。イスカムル家の者なら何があっても最後まで戦いを諦めてはいけないわ。イスカムル家家訓集をきちんと読み込んでいるのかしら? ラナムナは貴方に何を教えているの?」


「は!? あ、あの……しかし」


「しかし、じゃないわ。例え相手が親だとしても、戦いを放棄するという選択肢は無い筈でしょう。家訓集の第5部6章24節を覚えていないの!?」


 試合終了を宣言した後、赤い髪の女はすぐさまウィルムナを怒り始める。いや、説教と言う方が正しいのかもしれない……。


 突然の説教にウィルムナがアタフタと言い訳を始めている。イスカムル家の家訓集が出てくる辺り、本当に彼女はカリナドゥナなのだろうか……。


 目の前で繰り広げられている光景をしばし呆気に取られて眺める。


「うーん。ちょっと物足りないけど、とりあえずこの戦いは私たちの勝ちってことねー。やっと1勝かー。ま、この次も楽しみだから、早く次に行こう~」


 エメラルドが私の腕を掴んで、早く進もうと催促する。


「しかし、ウィルムナが……」


 いつの間にかウィルムナがカリナドゥナの前に正座させられ、本格的な説教モードに入っている。私にはとてもこの間に入っていくことはできない。


 サマル副団長と最年長のグランダルに困ったように視線を送る。私と目が合うと、二人とも目を泳がせ揃って首を横に振る。どうやらこの二人でも説教を止めることはできないようだ。


「アハハ~。ダメダメ。ウィルムナはもう置いてこー。こうなったらもうルビーのお説教は終わらないからさぁ。私の経験だとあと半日は続くと思うよぉ」


 エメラルドはなぜか得意げにそう言った。ルビーと言うのはカリナドゥナの偽名なのだろう。ああ、エメラルドもいつもあの人にお説教されているのかな? おっちょこちょいそうだからされてるんだろうな……。私は少し哀憫(あいびん)の目でエメラルドを眺める。


「さ、行こう行こう!」


 そんな私の視線の意味に気付かないエメラルドもまた彼女らしい。そんなことを考えながら私はエメラルドにグイグイと腕を引かれて、火の広間を後にするのだった。


 ――ウィルムナを置いて。









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