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134話 火の女王


 スッと背筋を伸ばし優雅な仕草で、真面目そうな青年騎士が中央の丸ステージに歩いていく。


 真面目そうな青年騎士は、既にステージ上に立つルビーの前まで進み出るとこれまた優雅に一礼をし、口を開いた。


「ウィルムナ・イスカムルと申します。私の名前をご存じではありませんか? ルビー殿」


 真面目そうな青年騎士、もといウィルムナ・イスカムルは若者らしい張りのある声でそう言った。その言葉を聞いた瞬間、ルビーがほんの少し目を見開いたように見えた。


 そして俺は『ああ~、そういうことね!』と膝をポンと叩く。


 イスカムル家。俺達がハッティルト帝国学院に潜入する時に、名前を貸してもらった貴族の家だ。ルビーの元の持ち主『カリナドゥナ・イスカムル』の血縁だな。


 あの時は当主のラナムナ・イスカムルに随分世話になったもんだ。


「……失礼ながら、初めてお伺いしたお名前かと……」


 しかし、ルビーは相手の出方を見極めようとしているのか、極めて冷静な口調で知らないフリをしている。


 その様子を見て、ウィルムナ・イスカムルは少し思案するような仕草をした後、もう一歩ルビーに近づき、今度はさっきよりもずっと小声で再度ルビーに話し掛けた。


「貴女の事は父から聞いていました。……なぜ貴女ともあろう御方が魔王に従っているのでしょうか? カリナドゥナ様?」


 ああ。ラナムナはルビーのことをカリナドゥナだと信じていたからな。ウィルムナも親父と同じようにカリナドゥナが蘇ったと思っているのか。


 俺は辛うじて風の精霊にウィルムナの言葉を聞き取らせることが出来たが、エメラルドや聖騎士達までにはウィルムナの声は聞こえなかったようだ。


「何を話しているんだ?」「さあ?」


 サマルとグランダルがお互いに肩を竦めているのが見える。


 そんな中、ステージの上ではルビーがウィルムナの言葉を聞いてしばし沈黙した後、「フゥ……」と深いため息をついて、答えた。


「……そう。ラナムナに聞いているのね? あなたは……ラナムナの三番目の息子だったかしら?」


「ええ。しかし、世間的には四男になっておりますね。私の上にもう一人アダム様と言う兄上がいらっしゃるようですから」


 サラリと答えるウィルムナにルビーが珍しく苦笑を浮かべた。


「そう、ね」


 イスカムル家の名前を借りるために、俺の事をラナムナ・イスカムルの息子ということにさせたのは他ならぬルビーだ。


 あの言い方だと、もしかして俺達が行方不明になった後も、ラナムナのオッサンは俺達の籍をそのままにしておいてくれているのかもしれん。


「カリナドゥナ様。もう一度お伺いいたします。なぜ魔王に従っているのでしょうか? 貴女が蘇ってまでやるべきことと言うのは一体何なのですか?」


 小声だが、妙に熱っぽくウィルムナはルビーに尋ねる。だがルビーは首を振って答えた。


「それを貴方に伝えることは出来ないわ」


 いつだったかラナムナにも見せていたようなピシャリとした態度で理由を聞かれることを拒む。


「……! で、ではせめて何か手伝いをさせて頂けませんでしょうか? 私もイスカムル家の一員です。ようやくカリナドゥナ様にお会いすることが出来たのです! 私も父のように貴女のお役に立ちたい」


 相変わらず先祖への協力を惜しまない家系な訳だ。っつーか信心深いにもほどがあんだろ。親子揃ってルビーの事をカリナドゥナだと思い込み過ぎだよな。


「貴方はなぜ、ヴィータ教団の聖騎士となったのですか?」


 突然ルビーはそれまでの流れを無視するような質問をウィルムナに投げかける。当然ウィルムナもその突然の問い掛けに虚を衝かれ、戸惑いを見せる。


 いや、だが確かに不思議っちゃ不思議だな。元々イスカムル家は帝国騎士団のお偉いさんの家系だったはずだ。そこの坊ちゃんが、なぜ別勢力であるヴィータ教の聖騎士団に入っているのだろうか?


 俺も少し気になり、ステージの上のウィルムナを見つめる。ウィルムナは突然のルビーの問いに戸惑いはしたようだが、すぐに答えた。


「……現皇帝は他国の侵略しか頭にありません。民が困窮し、国が荒れても、国土を広げることを優先するような皇帝です。高貴な者が負うべき義務を果たさない皇帝を守るための帝国騎士団など必要ないでしょう」


 ……どうやらコイツは見た目通りに真面目な奴らしい。


 ウィルムナはそう冷ややかに答えた後、哀し気にもう一言付け足した。


「皇族に流れているはずの高貴な貴女の血は随分薄まってしまったようです」


 あー、そう言えば三代目皇帝の母親がカリナドゥナだったっけ。学院に入る前にルビーにみっちりと習った帝国の歴史を思い出す。


「なるほど。では貴方は自らの意思で聖騎士団に入っているという事ですね?」


 ルビーの質問にウィルムナは「当然です」と即答する。それを聞いたルビーは頷いて再度口を開く。


「私も自らの意思で、魔王様にお仕えしております」


「しかし、なぜ魔王などに!!」

 

 少し声を荒げたウィルムナにルビーは優しく微笑んで語り掛ける。


「……一つだけ教えてあげましょう。『魔王』だろうと『神』だろうと呼び名に囚われないことです。真実は自らの目で、心で見極めることです。自分の意思で帝国騎士団に入らなかった貴方にならいずれ分かるわ」


 教えを授ける風に見せ掛けて、サラッと聖騎士であるウィルムナの仕えているヴィータ教の『神』をディスるあたり、流石ルビーだぜ。


「しかし……」


 まだ何かを言い募ろうとするウィルムナを手で制して、ルビーは言葉を続ける。


「さあ、おしゃべりはここまでです。確か貴方は私のお手伝いをしてくれるのでしたわね。ではさっそく一つお願いしましょう。……今、この場で私と戦いなさい。ウィルムナ・イスカムル」


「な!! 何を仰るのですか! 私がカリナドゥナ様に剣を向けるなど……」


 ウィルムナは驚いた様に叫ぶが、ルビーから突然激しい殺気を向けられて、咄嗟に素早く後ろへ下がった。


 この辺りの防衛反応はさすが騎士様だなぁ……などと俺は呑気に考える。


 ウィルムナの素早い動きを見て、ルビーは嬉しそうに薄く笑う。


「わたくしの役目はこの場で聖騎士の一人と戦う事です。貴方が戦いの舞台に立ったからには最後まで付き合ってもらいますわ」


 ああ、ちなみにルビーはこう見えて戦うの大好きだからね。いつもは自制してるけど実は案外バトルジャンキーだったりすっから。しかも強えーから。


「あー、やっと戦い始めた~。なんなの~? お話長過ぎるよ~」


 エメラルドの気の抜けた声がする。


「おわっ! ってか、いつの間にかこんなところに氷があるんだけど!?」


「本当だな……。なんだかさっきから少し涼しくなった気がしてたのはこれのお陰か?」


「入ってきた時にはこんなもの無かったはずだが……。おい! エメラルド、これは一体どういう事だ?」


 ルビーとウィルムナの一連の話し合いを(聞こえてはいなかっただろうが)固唾を飲んで見守っていた聖騎士の奴らは、このタイミングでようやく俺の作った氷の塊に気付いたようだった。シャルマーニがエメラルドに確認している。


「ええー。エメ、知らないよぉ? サファイアかなぁ?」


「さっきの青年か。あの者は氷の魔法を使えるのか?」


 サファイアと聞いて、プルテーヌがシャルマーニとエメラルドの会話に入り込む。


「うん。サファイアは氷の魔法得意だよ~」


「そうか」


 あれれ? なんかサファイアの仕業になっちゃった? 


 く……ま、いいけどさぁ。バレない様にやったことだし? 別にお礼とか言われようと思ってやったわけじゃないし? いいけどさぁ。けど、なんだろうね……このやるせなさ。


 などと俺がくだらないことにイジイジしている時に、突然すぐ近くまでマグマの一部がぶっ飛んできた。


 うぉ!!?? あっぶね!!!!


 ルビーとウィルムナの戦いが始まったのだ。


 俺は……いや、火の広間に居た全員が一瞬で広間の中央のステージに視線を釘付けにされる。

 

「なかなかやりますね」


 ルビーが楽しそうにウィルムナに話し掛けながら、魔法で操るマグマの弾幕をウィルムナに放つ。


「おやめください! カリナドゥナ様!!」


 ウィルムナがルビーに呼び掛けつつも、華麗な剣技でマグマの弾丸を斬り捨てる。斬られたマグマは激しい勢いで周囲に散らばっていた。


 おいおい! なんつー迷惑な戦い方だ。油断してると見物人まで巻き込む勢いじゃねーか。


 俺のそんな心の叫びが聞こえた訳ではないだろうが、ルビーがふと呟く。


「なんだか、美しくないわ」


 その瞬間、ルビーの周囲に浮かんでいた複数のマグマの弾丸が、ボチャリとマグマ溜まりに落ちていった。


 おお! 気付いてくれたか!! ルビーよ!! そうだよ!! お前のキャッチフレーズは『美しき、怒れる火の女王』だよ!? お分かり!? Do you understand???


「わたくしも剣で戦いましょう」


 そう宣言すると、ズズズ……とルビーの掌から、美しい意匠の大剣が現れた。


 ――それは、魔石だったルビーがはめ込まれていたピトーハの大剣だった。


 

















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