132話 シャルマーニの戦い③~自戒
視点が変わります。
あの魔石の青年……。プルテーヌが最も嫌う『アラムルット家出身のプライドを傷つけること』と『女扱いして侮ること』をどちらもやってしまうとは……死んだな。
私はプルテーヌが怒りで震えているのを見つめながら、サファイアと呼ばれた魔石の青年に同情する。プルテーヌを怒らせてしまったが最後、あの美しい姿が跡形もなくなるほどにズタズタに切り裂かれてしまうだろう。
「私を馬鹿にして、無事でいられると思うなよ!!」
プルテーヌが怒りを含んだ声で叫びながら、サファイアと呼ばれた魔石の青年に挑みかかっていく。
直後、プルテーヌの剣閃が美しい魔石の青年を切り裂いた――。
ように見えたが、切り裂かれた魔石の青年の姿が陽炎のように揺らめき、フワリと消えた。
「残像!?」
サマル副団長が私のすぐ横で息を飲むように呟いた。
「ど、どこにいる!!」
敵の姿を見失い、焦って辺りを見回すプルテーヌを嘲笑うかのように、美しい笑みを浮かべた魔石の青年がプルテーヌのすぐ後ろに佇んでいた。
「後ろだ!!」
ヒューズの声でプルテーヌが振り向くよりも早く、魔石の青年がプルテーヌの耳元へ口を寄せて、何かを呟いた。
するとプルテーヌが突然放心したように、へたり込んだ。
「な! プルテーヌ!?」
ウィルムナがへたり込んでしまったプルテーヌの名を呼んだが、プルテーヌは動かない。
その様子を見て、魔石の青年はにっこり笑うとエメラルドの方を向いて話し掛けた。
「エメラルド! アダマントには僕が負けたって伝えておいてね」
「えー!! なんでちゃんと戦わないのぉ!? つまんなーい!!」
「うるさい。とにかく、僕の役目は終わったから」
不平を述べるエメラルドを相手にもせず、美しい魔石の青年はサラリと深い青色の髪をなびかせてフワリと姿を消した。
「消えた? 魔法か?」
「おそらく姿を隠す水の魔法だろう」
グランダルの呟きに、サマル副団長が冷静に答える。
「大丈夫か? プルテーヌ!?」
ウィルムナがプルテーヌのそばへ駆け寄るのを見て、私も慌てて駆け寄った。
「……あ、ああ」
まだ少し放心しているような表情で、辛うじてプルテーヌが答える。心なしか頬が赤い。
「本当に大丈夫なのか? 一体、アイツに何をされたんだ?」
私が心配になって尋ねると、ブワッとプルテーヌの顔が更に赤くなった。
「え?」
私はプルテーヌの見たことの無い反応に驚いて、マジマジとプルテーヌの顔を覗き込んだ。するとプルテーヌは焦ったように
「な、なんでもない!! 大丈夫だ!! 何も言われていない!!」
と首を振って答えた。
……なんでもないようには見えないが……と思いながら、明らかに同じように考えているであろうウィルムナと顔を見合わせる。ウィルムナも『よく分からない』と言うように首を振る。
それにしても、歴戦の勇士であるプルテーヌをこんなに動揺させるとは、あのサファイアと呼ばれていた魔石の青年は一体どんな手を使ったのか?
私はこれまでに見たことの無いプルテーヌの様子に戦慄を覚え考え込む。
……ひょっとすると魔石達は我々の知らない戦い方をするのかもしれない。
私も聖騎士団団長となるために、古今東西の様々な戦い方について学んできたつもりだが、そもそも魔石は人間とは異なる存在だ。我々の常識に当てはめた戦略論や戦術論では想定しきれぬ部分があるのかもしれない。
いかんな。私も聖騎士団団長などと皆に傅かれている間に随分と平和ボケをしてしまっていたようだ。いついかなる場面においても、どれほど想定外の事態が起きても、冷静に戦局を見極め聖騎士の皆を導き、我らが主の為に勝利を掴まねばならぬのに。
私は自らの不甲斐なさに歯噛みする。最近は勝ち戦ばかりだったから、少し気を抜いてしまっていたかもしれない。
そもそもあのサファイアと言う魔石の姿を見て、無意識に女だと思ってしまったところが致命的な間違いだった。そこに慢心や油断があったと言われれば、その通りだと認めざるを得ない。
「ちょっとサファイア~。サファイアが負けってことは私たちが2敗ってことになっちゃうんだけど~」
エメラルドはサファイアと言う魔石の青年が消えた後もまだしつこく不平を言っている。が、その言葉に少し引っかかる。
――ん? 2敗? 我々はいつ勝ったんだ?
「ちょっと待て。俺達は今2勝していることになってるのか?」
私と同じことを思ったのであろう、サマル副団長がエメラルドの肩を掴んで尋ねた。
「だって、アイアンのオッちゃんだって自ら試合をヤメタってことは、負けを認めたってことになるっしょ? で、サファイアは戦いたくないからって負け宣言したし。2敗じゃん。カッコワルー」
「そういう事になるのか?」
「そうに決まってるじゃん」
「そ、そうなのか」
エメラルドが断言するので、サマル副団長も納得しきれないような顔をしながらも引き下がる。
まあ、我々が勝っているという話なのだから何も憂慮すべきところでは無いのだが、サマル副団長にはなかなか受け入れがたいだろう。というか、私も釈然としない。
だって一戦目はどう贔屓目に見ても、良くて引き分けだし、今回の試合に至っては完全にこちら側の負けだったはずだ。
「お前達はそれでいいのか?」
私は釈然としない気持ちに耐えかねてエメラルドに問う。
「むぅ。いいもなにもしょうがないでしょ?」
エメラルドはふくれっ面で答える。どうやら魔石達は死に物狂いで勝利を掴み取る……という温度感でもないらしい。私は少し意外に思いながらも「そうか」と短く答えた。
すると、ふくれっ面をしていたエメラルドが今度は何かを思い出したようで、急にキラキラと目を輝かせて言った。
「あ、けど。次からは油断しない方が良いよ!! ある意味、次からが本番だから!」
「……次からが本番?」
私が小さく呟くと、エメラルドが楽しそうに「そう!」と頷いた。
「だから、早く出発しよ!!! もうここには用はないし!!! ってか、せっかく一生懸命作ったのに!! あーあ。サファイアのアホ―!!」
エメラルドの叫び声が美しい水の広場にこだまする。何を作ったのかは分からないが、エメラルドがまた何かを思い出して今度は怒り始めている。
本当にこの娘はクルクルと表情が変わって、見ていて飽きない。
こんなに表情豊かに感情を表現する者などこれまであまり見たことなかったし、なによりも同年代位の少女とこんなに長く過ごしたことが無かったからエメラルドに接するのはとても新鮮で楽しい心持がする。
あるいは、もし自分も普通の村娘だったとしたら、こんな風に感情の赴くまま自由に生きられたのだろうか……。
私はこれまで感じたことの無い気持ちが心の底で燻っていることに気が付いてハッとする。
……いかん。私はいつのまにか、敵陣営であるエメラルドに好意を……いや、むしろ憧れを持ち始めているようだ。
これではまるで神に仕える今の自分を嫌悪しているようではないか!? このようなことを考えてはならない。これは神に対する冒涜だ。
私は心の底で燻る新しい感情を押さえつけると、長年培ってきた『信仰』という鎧で心を固める。
私の心を占めるのは神への信仰心でなければならない。鉄の信仰心を持って、栄光ある聖騎士団を率いねばならぬ立場なのだ。
やはり私はすっかり気を抜いてしまっていたようだ。しかし、ここからはもう油断はすまい。まさにここからが本番だ。
私は決意と共に、神に祈りを捧げる。
……主よ。我らを勝利にお導き下さい。
祈りと共に、フワリと一陣の風が私に優しく触れて通り過ぎた気がした――。




