131話 水の貴公子
「あ、もうすぐ『水の広間』に着くよ!!」
先頭を歩いていたエメラルドが、後ろに続く騎士達に声を掛けた。
騎士達は俺の差し入れた食料を食べた後、またエメラルドに案内されつつ洞窟を進んでいた。そして俺も引き続きこっそりと騎士達の後をついて行っていた。
『水の広間』……という事は、アイツがいるに違いない。そう考えつつ、前を歩く騎士たちと一定の距離を取りながら、洞窟の広間に入り込む。
『水の広間』にはその名に相応しく地底湖があり、天井から幾筋もの滝が流れ注いでいた。滝が舞い上げる水しぶきがキラキラと光を反射し、幻想的な光景を作り出している。むむ。エメラルドのヤツ、中々良い部屋を作るじゃねーか……。
そしてその広間の奥には予想通り、サファイアが待っていた――。
氷で作られた玉座のような椅子に座って、分厚い本を読みながら。
おお、なんかアイツの方が魔王っぽい雰囲気を出してないか?? サファイアとサファイアを取り囲む幻想的な光景が美しすぎて、俺はちょっぴり嫉妬する。
「やっほー! サファイア!!」
エメラルドが声を掛けると、サファイアが分厚い本から億劫そうに顔を上げた。ゆっくりとエメラルドと聖騎士の一団を一瞥すると、機嫌悪そうに口を開いた。
「……遅いよ。待ち飽きたんだけど」
「こ、このお嬢ちゃんが次の相手なのか!?」
グランダルが驚いた様に、しかし小声でエメラルドに確認する。
「うん! そだよー。じゃあ、次は誰が戦う??」
あっけらかんとエメラルドは答え、騎士達を見回す。
「……私が行こう。女子が相手では他の者では戦い辛かろう」
名乗りを上げたのは女性騎士のプルテーヌだった。
どうやら騎士達はサファイアを女だと勘違いしているみたいだ。確かにサファイアは中性的な容姿なので勘違いしてもおかしくないけど。
だがはっきり言わせてもらうが、サファイアには『ついている』からね、アレが。
いや、しかし待てよ。男だ、女だ、と言ったところで、あくまでも人化した時の体の形状の違いだけだからな。俺達魔石には生殖能力は無いから、厳密に言えば男も女も無いっちゃ無いのか。
と、そこまで考えているのかどうだか知らないが、エメラルドは騎士達がサファイアを女扱いしているのをドスルーする。
「じゃ、プルテーヌで決まりねー。はい! じゃ、サファイア! 始めていいよー」
エメラルドが勝手に仕切り始める。
「……ところでさ、アダマントは居ないの?」
エメラルドの仕切りを無視して、サファイアがふと周りを見回しながら尋ねる。
うぉっと! サファイアめ、余計な質問を!! エメラルド!! いらんことを言うなよ!! 俺は本来は洞窟の奥にいる設定だからな!!
俺は少し焦りながら、心の中で叫ぶ。そしてそんな俺の心の叫びが届いたのか、エメラルドはサラッと答える。
「うん! 居ないよ! えーっとね、魔王様は大抵ダンジョンの最後の部屋で待ち構えているもんなんだって」
くっ……もうちょっと言い方を変えて欲しかったが、まあとりあえずはこの場には居ないことになったし良しとしよう。
「なんだ。居ないんだ。ふーん……」
サファイアはサファイアで何か考えるように返事をする。ぬぅ、サファイアめ。あの様子は絶対なにか良からぬことを考えている気がする……。
プルテーヌが広間の中央に進み出てくるのを見て、サファイアがパタンと分厚い本を閉じ、静かに氷の玉座から立ち上がる。
「さあ、サファイアとやら! お前の相手は私だ!」
気勢を吐くプルテーヌを見つめながら、サファイアが呟く。
「ふーん。人間の軍隊にも女の騎士なんているんだね。僕が読んだ本では騎士と言えば男ばっかりだったけど」
「おい、娘! 口を慎むのだな! 私はアラムルット家の出だ! 女だからとて、そこらの騎士と一緒にするでないぞ!」
プルテーヌの言葉にサファイアが少し笑みを浮かべて、口を開いた。
「アラムルット家? ああ、歴代複数の聖騎士団長を輩出してきた聖騎士の名門の家だっけ? けど、君はまだ聖騎士団長になっていないんだね」
出たー!! サファイア得意の悪口!! ってか、なんでコイツ帝国内の名家とか知ってんの??
「な!!」
そしていきなり悪口を言われたプルテーヌは、絶句して固まった。その隙にサファイアは再度口を開く。
「あとさ。一応言っとくけど、僕、男だから。という訳で、女の人とは戦いたくないんだよね。だからこの戦い棄権するよ!」
サファイアがにっこり笑ってそう宣言する。
「「「「は?」」」」
そこにいた全員がサファイアの想定外の宣言にポカンとする。
しかし、俺はすぐにサファイアの狙いに気付いて歯噛みした。
コ、コイツ……上手いこと言ってまたサボる気だ!! 絶対戦うのがメンドクサイから、適当な理由をつけて戦わないつもりだ!! くっそ! だからさっき俺が居ないか確認してたのか!!!
迂闊だった。元々サファイアは乗り気じゃないのに俺が無理やり参加させた形だから、俺の監視の目が届かなければ当然サボるに決まってる。
くっそー、かと言って、俺が今ココにいることを明かすことはできないし。あのヤロー、後で説教だ、説教!!
「……ふざけるな……」
俺がサファイアの狙いに気付いて悶絶している間に、ようやく悪口のダメージから復帰したプルテーヌがユラリと動き出した。
「私を馬鹿にして、無事でいられると思うなよ!!」
プルテーヌは素早く抜刀すると、サファイアに向かっていきなり攻撃を仕掛けた。
よっし!! いけ!! プルテーヌ!! あの生意気なヤロウをぎゃふんと言わせてくれ!!
俺はプルテーヌを全力で応援するのだった――。




