130話 魔王様の差し入れ
『よーし、偉いぞ!! ヴァナルカンド!!』
俺は小声で褒めながら、洞窟の床にへそ天で寝そべる犬……いや、狼の腹をワシャワシャと撫でてやる。
ヴァナルカンドが食料をたっぷり入れた大きな袋を咥えて戻ってきたのは、聖騎士たち一行が寝静まってから、数時間ほど経った頃だった。
思っていたよりも早く戻ってきたヴァナルカンドに、最高に気持ちいい(と思われる)ワシャワシャを惜しみなく与える。ヴァナルカンドはいつもの精悍な姿からは想像もつかない程、ダランと寝そべっていた。
うーむ。それにしても……。
俺はヴァナルカンドをワシャワシャしながら、悩んでいた。
せっかく持ってきてもらった食べ物をみんなが寝ている間にこっそりと素敵に並べて驚かせようと思ったのに、火の番として聖騎士の中の一人が必ず起きているのだ。
しかも眠る必要のないエメラルドが暇を持て余して、番をしている聖騎士とおしゃべりを続けているので、エメラルドをこっそり呼び出して食料を渡すことも出来ない。
そんなこんなで、ヴァナルカンドが戻ってきてからかなり長い間、俺は『どうやって食料を渡せばいいのか』悩みながらワシャワシャをし続けていたのだった。
……うーん、何も思いつかん。もういいや。
『ヴァナルカンド。お前、コレそのままエメラルドに渡してきてくれ』
もはや考えるのも面倒くさくなってきたので、結局ヴァナルカンドに運ばせることにする。俺の命令を受けて、ヴァナルカンドは渋々立ち上がり袋を咥えてエメラルドの方へと歩いて行った。
「!? 何者だ!!」
洞窟の暗がりから突然現れたヴァナルカンドの姿を見て、火の番をしていたヒューズが剣を抜いた。と同時に眠っていた他の騎士達も驚くような早さで飛び起きた。
「あれ? ヴァナちゃん?? どーしたの??」
エメラルドは殺気立つヒューズの隣で、呑気にヴァナルカンドに話し掛けた。
「え?」「は?」「へ?」「?」「??」「なに?」
エメラルドの呑気な態度に騎士達が一斉に怪訝な顔でエメラルドを見る。
「ヴァナちゃんだよ。私の友達だよ!」
「……そうか」
エメラルドの言葉を聞いてヒューズは怪訝な顔をしつつも剣をしまい、他の騎士達も警戒を緩める。
「え? なあに? この袋? 何これ?」
ヴァナルカンドに押し付けられた袋を、エメラルドが開いて中身を取り出す。
「お前! これ食料じゃねーか!?」
同時に袋の中を素早く覗き込んだグランダルが驚いた様に言った。
「わふん!」
「え? くれるの? ほんと? へー。ありがと。……ねえ。コレ、ヴァナちゃんがくれるんだって」
ヴァナルカンドの表情を読んで、意図を理解したエメラルドがそのままグランダルに食料の入った袋を渡す。
「は? なんでだ?」
グランダルも戸惑いの表情を浮かべる。
「さあ? みんながオナカ減ってるからじゃない?」
エメラルドが無責任に答える。
「……毒なんか入ってないでしょうね?」
プルテーヌが疑念の目を向けながら、袋の中身を覗き込む。
「私が確認しよう。毒についてなら多少知識を持っている」
そう言って、進み出たのは真面目そうな騎士だった。
「ウィルムナ、頼む」
そう言ってグランダルは、ウィルムナというらしい真面目そうな騎士に食料袋を渡した。
ウィルムナは袋からいくつかの食べ物を取り出して、ジッと見つめたり、ニオイを嗅いだり、ひとかけら口に含んでみたりとしばらくチェックをしていたが、一通り終わると
「どうやら毒は入っていないようだ」
と言ってグランダルに袋を戻した。
「さて、どうしましょうかね?」
グランダルが、シャルマーニとサマルに視線を向けて判断を仰ぐ。
「……エメラルドの友人の好意なのだろう? ありがたく戴くとしよう」
シャルマーニがサマルと目を合わせて頷き、グランダルと他の騎士へ伝える。
「エメラルド。その魔物殿にも大変ありがたいと伝えてくれるか」
シャルマーニは続けてそう、エメラルドに話し掛けた。
――ふーん。意外に礼儀正しいんだな。
俺はシャルマーニに対する認識をまた少し改める。
「わふん!!」
エメラルドに褒められて、役目を終えたヴァナルカンドは超速で洞窟の暗がりへと走り込み、少し離れた場所に待機している俺の許へと戻ってきた。
『よーし、よし! よくやったぞ! ヴァナルカンド!」
俺は再びヴァナルカンドのオナカをワシャワシャするマシンと化したのだった――。




