129話 聖騎士の一行に追いついた魔王様
ヴァナルカンドのお陰で、割とすぐにエメラルドと聖騎士一行に追いついた俺は、その後も一定の距離を置いて彼らの後に付いて行っていた。
しかし、彼らが洞窟の少し開けたところで休息を取り始めた様子を見ているときに、明らかに彼らが疲れ始めているのに気づいた。どうやらもうココで一晩(?)過ごすっぽい。
しかもなんか聖騎士団の奴ら、かなりナーバスになり始めちゃってるじゃん!! 食料が足りないことも疲れに拍車をかけているらしい。
――マズいマズいマズい!!
俺はヴァナルカンドのオナカをワシャワシャし続けながら、事態の急変に焦りを感じていた。
くっそー、やっぱりこのダンジョン作り込み過ぎなんだよ。エメラルドのヤツ。
でも確かに人間の食料とか体力とか、あんまり考えてなかったな~。俺達魔石は、基本疲れないしな。ウッカリしてたわ。
けど、こんな所でテンション下げられちゃ困るんだよな~。ここからが本番なのに。
うん。やはりここは抜本的にダンジョンのコンセプトを変えるしかない!
『ヴァナルカンド』
俺はワシャワシャする手を止めて、小声でヴァナルカンドに呼び掛ける。
「くーん」
なんでワシャワシャを止めるんだというような非難がましい目をしながら、ヴァナルカンドが俺を見上げる。
『いいか、ヴァナルカンド。この道をいったん戻って、アイアン隊長を追いかけてくれ。アイアン隊長のニオイ、分かるな?』
『ワカル』
『よし。で、アイアン隊長に追いついたら、「俺の所に急いで人間の食料を大量に持って行かないといけない」と伝えるんだ』
『ワカッタ』
『アイアン隊長から食料を貰ったら、急いで戻ってきてくれ。戻ってきたら、お礼にもっといっぱいワシャワシャするからな』
『ワカッタ!』
ヴァナルカンドは嬉しそうに尻尾をブンブン振って、すぐに元来た道を走りだした。ヴァナルカンドの速度なら、聖騎士の奴らが眠っている間に食料を持って戻ってこれるだろう。
人間の食料はチルサムの為にキューちゃんが用意したストックがまだ大量に宮殿に残っているはずだ。
よーし!! 奴らの為に、明日の朝には帝国ホテルばりのバイキング形式の朝食を用意してやるぞ!! こんちくしょー!! だからみんな元気出せ!!
と、伝えたいけど、俺は魔王だから自重する。
「ねーねー、今、なに作ってるの? これ何?」
「……糧食を食べ易くしてるんだ」
「あとどれくらいでできるの?」
「……すぐにできる」
「さっき入れた赤いのはなんなの? ……ふーん。じゃあ、黄色いのはなんなの?」
「干し肉。……黄色いのはチーズだ」
静かな洞窟内に、エメラルドが質問するうるさい声と、律義に答える若い騎士のボソボソした声が聞こえる。
「うわぁ! なんだろう? なんだかコレ、いい匂いがするねぇ! ワクワクするねぇ!」
若い騎士が鍋の蓋を持ち上げたところにすかさず割って入って、鍋の中身を覗いたエメラルドは目をキラキラさせて嘆息しながら呟く。
――エメラルドってそう言えば、これまで食事ってしたことないんだっけか。食事したことなくても、うまそーな料理を見るとワクワクするもんなんだなぁ。不思議。
俺は一人だけテンションが上がっているエメラルドを見ながら、ふとそんなどーでもいーことを考える。
「……ヒューズ。出来上がったらその娘にも分けてやれ」
膝を抱えて蹲っていたシャルマーニが若い騎士に声を掛けた。
「は? ……いえ……分かりました」
ヒューズと呼ばれた若い騎士は一瞬驚いた顔をしたようだったが、すぐに通常の真顔に戻り、シャルマーニの指示に従った。
おお、残り少ない自分達の食料を削ることになっても、敵陣の案内役にも食事を施すなんて。騎士の鏡ですな。ただのお転婆娘って訳でもないっつーことか。俺は少しシャルマーニを見直す。
こうして、配膳された器を遠慮もせずに受け取ったエメラルドは、しかしそれをどうしていいか分らず、キョロキョロと周りのメンバーの様子を見ている。
聖騎士達はそんなエメラルドを気にする素振りも無く、食事を前に一斉に目をつぶり頭を下げる。
「神よ。善を行うためのこの食事を祝福してください」
シャルマーニの短い祈りの言葉が終わると、騎士達はそれぞれ食事を開始した。
おお! 今のって食前の祈りか!? 聖騎士っぽい!! 俺は無駄に感動しつつ、引き続き様子を見守る。
エメラルドはキョロキョロしながらも、皆がそれぞれの器に分けられた食事をスプーンで口に運んでいるのを見て、見よう見まねで同じようにスプーンで料理を掬って口に運ぶ。そしてモグモグする。
「……うわぁ」
ごくん、と咀嚼した料理を飲み込むとエメラルドが感嘆の声を漏らす。
「トロトロっとして、フワフワってして、ジュワ~ってして……幸せな気持ちになるねぇ!」
満面の笑みでそう言ったエメラルドに、聖騎士達は一様に呆気に取られたような、驚いたような顔をする。
「はははは!!」
噴き出すように笑ったグランダルがエメラルドに向かって話し掛ける。
「お嬢ちゃん、イイ顔して食うな!!」
グランダルが笑ってそう言うと、サマル副団長ともう一人の真面目そうな騎士も顔を見合わせてにっこりと笑う。
「ふふ。ヒューズも作り甲斐があったねー」
プルテーヌが、まだ呆気に取られたような顔をしているヒューズを揶揄うように肘でつついてボソッと呟く。
「……気に入ってもらえたようで何よりだ」
シャルマーニも心なしか穏やかな顔でそう言った。
……わお! エメラルドちゃん?? あのドヨーンとした空気を一瞬でふんわりとした雰囲気にするとは……!! 凄い!! こ、これが天然ってヤツの威力か!?
俺は想定外なエメラルドのムードメーカーぶりに舌を巻く。
そして同時に「あとで美味しいモノをいっぱい食べさせてあげよう」と密かに思うのだった――。




