128話 シャルマーニの戦い②~生きる力とは
視点が変わります。
「次の対戦場所はまだなのか?」
グランダルの戦いが終わって、あの試練の間とやらを後にしてからどのくらい歩いたのだろう。
副団長のサマルが持つ松明は既に3本目だ。教団本部にいるときの夜警では、日が沈んでから夜明けまでの間でだいたい松明を4本使うらしいから、洞窟に入ってからかなり時間が経っているのは間違いない。
「うーんとね。まだまだだよー」
「……」
エメラルドと言う少女の言葉に思わず無言になる。
確かに『魔王の間』に辿り着くには一週間ほどかかるとは言っていたけれど。それにしても一つ一つの戦いの場がこんなに離れているとは予想していなかった……。
「我々の体力を消耗させる作戦なのかもしれませんね」
グランダルの言葉に、サマル副団長も頷いて答える。
「確かにな。まさかこんな深いダンジョンに潜ることになるとは思っていなかったな」
「……おなか空いた」
師団長の中で一番若いヒューズが不機嫌そうに呟いた。(まあ、この中で一番年下なのは私なのだけど)
「むう~。人間って不便だねぇ。こんな程度で疲れちゃうの?? しょうがないなー。じゃあ、今日はここで進むのやめてもいいけどさー。この速さだと『魔王の間』まで一週間以上かかっちゃうかもよー」
エメラルドは不満げにそう言って歩みを止めた。
「……ずいぶん、適当な道案内なんだな。本当にこっちの方向であっているのか? 道を間違えたんじゃないのか?」
女性騎士のプルテーヌが怒り混じりに吐き捨てる。
「ムム! 間違えてなんかいません~!!」
疑惑の眼差しで睨まれたエメラルドはぷくーっと頬っぺたを膨らましてプルテーヌに言い返した。
聖騎士に対してこんなふざけた態度を取る者などこれまで居なかったので、私は少し新鮮な気持ちで二人のやり取りを見つめる。本当はプルテーヌを諫めなくてはならない立場ではあるのだが。
「やめろ、プルテーヌ。せっかく道案内をしてくれているお嬢さんに失礼だ」
私が出る間も無く、真面目なウィルムナがプルテーヌを止めた。プルテーヌは少し不満げな顔をしたが、それ以上は何も言わず肩を竦めて手近な岩に腰を下ろした。
「まあ、急ぐ必要もない。次の戦いの場にすぐに辿り着かないのであれば、今日はここで休もう」
私もプルテーヌの近くに腰を下ろし、みんなを見回しながら休息宣言をする。
「急ぐ必要はないが、食料は一週間分しか持ってきていませんよ」
サマル副団長と一緒に手早く焚き火を起こしたグランダルがそう言って、袋から食料袋を取り出した。
「ああ、そうか。確かにな」
私はそれだけ答える。グランダルに言われなければ食料の事なんて気付きもしなかった自分に少し腹が立った。
今でこそ聖騎士団団長と呼ばれて皆の上に立ってはいるが、基本的には私は戦い以外は何もできない役立たずだ。久しく忘れていたな……。
少しナーバスな気持ちになりながら、せめて皆の邪魔にならないよう黙り込み、焚き火を見つめる。
こんな洞窟でどうやって焚き火を起こしたのだろう?
私は不思議に思いながら、段々と炎を大きくしていく焚き火を見続ける。軍に所属している者なら当然知っていなければいけない事柄も、私はその特殊な経歴のせいもあり、皆が驚くほど何も知らない。
洞窟の暗さのせいだろうか。さっきからマイナス思考が止まらない。まるで幼い頃に戻ってしまったような、心細い気分だ。
「貸せ。調理は俺がやる」
黙り込んでいる私の前で、ヒューズがグランダルから食料袋を奪い取り、中から六人分の糧食を取り出した。中に入っていたのはカチカチに乾燥させたパンとチーズ、干し肉だ。
ヒューズは確かまだ二十歳そこそこだったっけ。子供っぽい言動をする割に、少なくとも私よりは生きる力を持っているように思える。騎士団生活が長いし、庶民出身だからだろうか? 取り留めも無くそんなことを考える。
ヒューズは携帯用の鍋を取り出し、水筒に入っている水を鍋に少し入れパンを浸した。続けて、小さなナイフで器用に干し肉を刻んでパンの上にふりかけ、その上にチーズを乗せる。そして鍋の蓋をしてグランダルが焚き火の周りに石を重ねて作った簡易かまどの上に置く。
相変わらずの手際のよい調理の様子を感心しながら眺めつつ、私はエメラルドに確認する。
「ええっと、エメラルド? このペースで行くと『魔王の間』にはどのくらいで到着するのかな?」
同じように目を丸くして、ヒューズの手早い調理を見ていたエメラルドが、私に急に話し掛けられ我に返ったように答える。
「え? なになに? 『魔王の間』まで? うーんと、倍くらい掛かるんじゃないかなぁ?」
「そうなると、食料も節約していかないとな」
エメラルドの答えを聞いて、サマル副団長が誰に言うでもなくぼそりと呟いた。それを聞いて、全員が無言で頷く。
ここに居るのは聖騎士団の中でも選ばれた騎士達だ。食料が少なくたって、泣き言を言うものは一人も居ない。
……しかし、戦意が弱まるのはどうしたって防げないだろう。私は周りに座る騎士達を見て考える。
想定とは違う状況に置かれ、精神的なダメージが蓄積していく。これも魔王の作戦なのだろうか? まんまと魔王の策略に嵌ってしまった気がして、私は団長としての自分の不甲斐なさを責める。
「ねーねー、今、なに作ってるの? これ何?」
「あとどれくらいでできるの?」
「さっき入れた赤いのはなんなの? ……ふーん。じゃあ、黄色いのはなんなの?」
焚き火の燃えるパチパチという音と、鍋のグツグツ煮える音、そしてエメラルドという魔石の娘がしつこくヒューズに質問を繰り返す声だけが洞窟内に響く。
私は膝を抱え、炎を見つめながら黙ってその音を聞き続けたのだった――。




