124話 試練の開始
……おっと、こうしちゃいられない。
エメラルドが聖騎士団の連中を洞窟の入り口の前まで案内した所まで確認した後、俺は姿を消したまま、素早く洞窟の中に走り込んだ。
そして開きっぱなしになっていた、特大のゴテゴテした装飾の両開きの門扉『始まりの門』を外の人間達に気付かれない様に、内側からゆっくりと静かに閉めた。
よし、これで準備はOKだ!
俺はそのまま、門の内側のゴシック調の大広間『試練の間』にいるアイアン隊長に、少し抑えた声量で呼び掛ける。
「おい、アイアン!! 人間達が来たぞ! そろそろ準備を……」
暗がりで黙々とスクワットをしていたアイアン隊長が、突然聞こえた声にビクッと肩を震わせた。
「その声は……アダマント様ですか?」
キョロキョロと周囲を見回しながら、アイアン隊長が返事をした。
「ああ。……驚かせてスマン。今、魔法で姿を消しているんだ。俺はこのまま隠れて様子を見ているから、さっき打ち合わせた通りに、今からやってくる奴らの実力を軽ーく測ってもらう感じで頼むぞ。……間違っても全滅とかさせない様にな!!」
俺が姿を消したまま指示をすると、アイアン隊長はピシッと背筋を伸ばして返事をした。
「は! 承知いたしました! アダマント様!!」
「あ。言い忘れてたけど、人間達と会話する時に俺の事を呼ぶときは『魔王様』と呼んでくれ。あと設定としては俺はこの洞窟の一番奥にいることになっているから、その辺も上手くやってくれ」
「は? はあ……? 設定……? しょ、承知いたしました! アダマント様」
アイアン隊長はやや困惑したような顔をしながらも、真面目に返事をする。
「魔王様、だからな」
一応、念のため、再度念押しをしておく。
「は! 承知いたしました! ま、魔王様!」
「そう、それでいい! 頼んだぞ!」
俺は困惑したままのアイアン隊長をその場に残して、試練の間が広く見渡せる位置に待機した。
・・・・・・・・・・
「な……なんと巨大な門だ……!」
「見て……この装飾……」
「ああ。これは間違いなく一流の職人の手によるものだ……このような場所にこのような芸術品があるとは……」
しばらくすると、門の向こう側から何人かの話し声が聞こえてきた。お、いよいよ聖騎士の奴らが門の前までやってきたみたいだ。
よしよし。『始まりの門』がイイ感じに騎士達を盛り上げているようだ。俺はワクテカしながら、彼らが『試練の間』に入ってくるのを見守る。
「……開けた途端に変な罠が仕掛けられてたりしていないだろうな?」
「む。そんなズルいコトしません~」
警戒する男の言葉に、反論するエメラルドの声が聞こえる。
「おっと、そうか。疑ってスマンな。では私が開けようか。宜しいですか? 団長」
「うむ。開けてくれ」
一連のやり取りの後、『始まりの門』が静かに開けられた。薄暗い『試練の間』に扉の隙間から漏れてくる一筋の光が広がっていく。
「待ちわびたぞ。お主らが聖騎士団とやらだな?」
突然、低くて太い男の声が響いた。
おお! アイアン隊長!! イイ声してるな!! 洞窟的なエコーも掛かって、音響効果もばっちりじゃねーか。俺はグッと握り拳を握る。
「何者だ!!」
聖騎士団の六人は冷静にそれぞれ素早く構えを取る。ほお、驚かねーか。さすがだな。まあ幹部陣ってのも伊達じゃないってことか。
「第一の関門は、試練の間のアイアン隊長だよ~!」
エメラルドがなぜか得意げにアイアン隊長を紹介する。うぉい。雰囲気ぶち壊しじゃねーか。よけーなことすんな!!
「エメラルド殿? 一体何を……?」
アイアン隊長はエメラルドが聖騎士団と一緒にいるところを見て、首を傾げる。やべー。そう言えば説明すんの忘れてたな。
「私、道案内役やってるんだよ~」
「ああ、左様ですか」
あっけらかんと答えるエメラルドに、アイアン隊長は素直に頷く。
うーむ。アイアン隊長もエメラルドを受け流す術を体得しつつあるな……。俺は変な所に感心しつつ、ハラハラしながら様子を眺める。
「『試練の間』とはどういうことだ?」
シャルマーニがエメラルドとアイアンに話し掛けると、アイアン隊長が騎士たちの方に向き直り、説明を始めた。
「其方らがこの洞窟に入るだけの実力があるかを試させてもらうのだ。実力がない者が入った所で無駄死にするだけであるからな」
「な! 我々を愚弄する気か!!」
シャルマーニではない別の女性騎士が気色ばんで、アイアン隊長に突っかかる。
「愚弄した訳では無い。正当にお主らの実力を測らせてもらうだけだ」
そう言ってアイアン隊長は大剣を構えて、もう一度口を開いた。
「試練を受けるのは一人だけで良い。某と戦ってもらおう。……ちなみに言っておくが、この先に控えているのは某よりも強い力を持つ方々だけであるからな? さあ、誰が出る?」
アイアン隊長が大剣を構えたまま、試練の間に入ってきた6人の騎士達を見回す。その時、一人の騎士が前に進み出た。
「そういうことなら、まずは一番弱い俺が出たほうがいいな」
顎髭を弄りながら出てきたのは、30代後半くらいの騎士だった。
おお! オッサン同士の戦いか! いいね! 俺はなんだかテンションが上がる。
「グランダル!」
その時、騎士たちの中では顎髭騎士に次いで年長に見える男が、顎髭の騎士を呼び止めて肩に手を掛ける。
……あれ? なんかアイツ見たことあるような……。
俺は顎髭騎士を呼び止めた騎士の顔に既視感を感じる。
「いいって。ここは俺に任せろ、副団長」
顎髭……もといグランダルが、肩に掛けられた手を外しながら、年長騎士に答える。
「しかし……」
副団長と呼ばれた年長騎士が、険しい顔をする。
うーん。やっぱりどこかで見たことある顔だなぁ……。俺は副団長の顔を凝視する。もう少しで思い出せそうな気がするのだが……。
「いや。じゃあ、頼んだぞ」
副団長と呼ばれた騎士は、決心したように頷き、顎髭……じゃなくてグランダルを送り出した。
「ふむ。決まったようだな。それでは始めようか!」
ゴシック調の大広間にまたアイアン隊長の野太い声がこだました。




